会社経営者として存世の俳人として
圧倒的力量---春樹との「想い出」
近代の俳人Vol.9

福田 和也

vol.8はこちらをご覧ください。

 しばらくの間、この欄で近代俳人の足跡をたどってきた。

 最後に、存世の俳人として、角川春樹をとりあげて、中仕切りにしたいと思う。

 角川書店時代の春樹さんの事を、僕はよく識らない。

 もちろん、角川書店の本は沢山読んでいた。

 ホレス・マッコイの『彼らは廃馬を撃つ』を代表とする現代アメリカ文学のそろった文庫はとても魅力的だったし、『野性時代』は、中学二年生からずっと購読していた。今、考えても、西村寿行や森村誠一、片岡義男らエンター勢と、中上健次や立松和平など純文学勢を揃えていた誌面は、とても魅力的なものだった。

 そして、そのチャーミングな文庫や雑誌を手がけたのが、角川春樹という人物だという事を識った。麻薬地帯、黄金の三角地帯に潜入したり、帆船で太平洋を横断したりした男・・・。

 角川さんと、つきあっていただけるようになったのは、例のコカイン密輸事件の後だった。事件の後、角川春樹事務所を発足させた春樹さんの許に集まった編集者の中に、日本文芸社の小山晃一さんがいらした。小山さんは、『新潮45』に掲載された「日本人はなぜ、かくも幼稚になったのか」という拙文に注目し、単行本として上梓してくださった。

 本は、驚くほどよく売れた。この本のおかげで、私は「稼げる」ようになり、旨い酒や良い靴を履けるようになったのだった。

 角川さんに「お祝い」として、御馳走していただく事になった。白金辺りの割烹だったが、扉をあけると、席がすべて埋っている。

 店主は戦慄していた。

 角川さんが、携帯電話で予約について秘書の方に質し、秘書の手落ちではなかった事を確認すると、静かに店を出て、六本木の洋食店にむかった。

 後になって、店が間違えてフリの客を入れてしまった、という事情がわかった。こういう時、騒ぐことも、怒ることもなく、すんなりと流してしまう角川さんの振る舞い方に、私は少し感動した。

「福田、おまえは何をやっているんだ」

 経営者としては、大変厳しいと仄聞している。女性関係は、御自身が語られているが如くデタラメ---同じ女性と二度結婚したこともあるらしい---だが、実にチャーミングな人だ。

 春樹さんは、いわゆるオカルト方面にも卓越した見識をもっている。私は、ごくごく即物的な人間で、超自然といった方面の感度がまったくない。その浅さを心配してくださった春樹さんは、御自身が所有する北軽井沢の神社につれていってくださった。

 神社に隣接する寮に案内されると、エベレストの雪解け水の中で座禅を組んできたという行者の方がいて、春樹さんと話しこんでいる。

 神事がはじまった。

 小庵から板を敷き詰めた道場、そして最後に巨大な隕石からなる石舞台での祈祷が行われる。角川さんは、自らの頸に白刃をあて、「神は我なり、我は神なり」といった物凄い台詞を吐いている。その迫力があまりに大袈裟なので、私は爆笑してしまった。

 「福田、おまえは日本で一番、霊気の強い場所に来て、何をやっているんだ」と、怒られたけれど、いずれにしろ、どう仕様もないヤツだ、と云うことは弁えていらしたので、特に御機嫌を損じたようではなかった。いや、やっぱり、御機嫌、斜めではあったのか・・・。

角川春樹 春樹(1942~)は、「芭蕉以来の才能をもつ」と、文芸評論家の山本健吉は述べた

 俳人としての、角川さんの足跡は、絢爛たるものである。

 『信長の首』で芸術選奨文部大臣新人賞、『流され王』(読売文学賞)、『花咲爺』(蛇笏賞)、『海鼠の日』(山本健吉文学賞)、『JAPAN』(加藤郁乎賞)などがある。

 会社経営者として凄いし、人間的にも含蓄があるけれど、やはりなんと云っても、俳人としての力量は圧倒的なものだ。

黒き蝶ゴッホの耳を殺ぎに来る
瞑れば紅梅墨を滴らす
貧農の水子を啖ひに蛭泳ぐ
御仏の貌美しき十二月
猫町にぜんまい仕掛けの蝉鳴くよ
補陀落やかなた明るき鰤起こし
海鼠喰ふこの世可笑しきことばかり
どの山も霞みてをれば大和かな
朝市やまだ海いろの鯖を競る
あかあかとあかあかあかとまんじゆさげ
犬のごとく手首つながれ秋暑し
わが肩を蜘蛛に貸したる檻の中
満月やマクドナルドに入りゆく
白玉や母には母の修羅のあり
存在と時間とジンと晩夏光
夏も殷も周も滅びて山眠る

 しっとりとした優美な句、奇想奇抜を恣に貫いた句、時空を貫く壮大な句、楷書体で描かれた滋味溢れる句。あらゆる句風を包含した、俳人がそこにはいる。

 自選句集の体裁をもつ『荒地』の「『あとがき』に代えて」で、角川さんは、以下のように書いている。

 「昭和六十年四月一日発行の「アサヒグラフ」のタイトルは『俳句の時代』となっていて、サブタイトルは、『昭和俳句六十年』である。/その中に、山本健吉氏の次の発言が載っていた。/『俳句を方法論、あるいは存在論として捕えようとする気持ちが強くなった。その結果、〝軽み〟とか〝即興〟とかいった方面に心が傾くのである。/あえていえば、この十七音詩型を不死身たらしめているその根本のもの、その生命の灯の謎は、一体どこにあるかということだ』(略)奇しくも、同じ雑誌に、森澄雄氏が対談で次のような発言をしていた。/『写生では笑いが出てこないですよ。俳諧というのは、やはり笑いがある。ユーモアとヒューマンなんですよ。虚にいても実を行うから笑いも出てくる。写生ということをいくら突詰めても、写生だけだったら、単純な写生から笑いは出てこない』(略)生涯に十句残せる俳人は、文学史に足跡をしるすことができよう。例えば、私の次の一句も、森村誠一氏が発見することによって、人口に膾炙した。/そこにあるすすきが遠し檻の中」

「週刊現代」2012年9月1日号より

※次号より福田和也氏の新連載「蕩尽の快楽」がスタートします。どうぞご期待ください

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