シリーズ「スタートアップの肖像」 vol.2
ボーイズシンクロ・エンターテインメント「iNDIGO BLUE」代表 平澤慎也

iNDIGO BLUE ライブ風景

 この「スタートアップの肖像」第1回で紹介したオンラインスペイン語学習サービス「スパニッシモ」の有村氏に続き、今回は、ボーイズシンクロ・エンターテインメント(男性パフォーマーたちがシンクロナイズドスイミングの要素を活用して行うライブエンターテインメント)という独特のビジネス領域にチャレンジする「iNDIGO BLUE」代表の平澤慎也氏(1987年生まれ、24歳)に話を聞いた。

世界初の「ボーイズシンクロ・エンターテインメント」ビジネス

「iNDIGO BLUE」代表の平澤慎也氏

 代表の平澤氏がボーイズシンクロ・エンターテインメントチーム「iNDIGO BLUE」を立ち上げたのは2006年4月。さまざまなプールやイベント会場などで「ボーイズシンクロ」を披露することから事業が始まった。

 何せ新しい領域であるため、立ち上げ当初はビジネスにならず、200万円ほどの借金をしながら、手弁当でボーイズシンクロ・パフォーマンスを各地で行っていったそうだ。 08年9月に初めて出演料をもらい、それからは有料のイベントを中心に仕事として受けるようになる。11年の10月に株式会社化し、現在に至る。

---これまで何回くらい公演を行ってきたのでしょうか?

 06年に旗揚げしてから、だいたい500回くらいでしょうか。多い日には1日3回、ライブをします。一番北は宮城県、南は熊本県まで、幅広く巡業しています。北海道、沖縄、果てはもちろん水のあるところならどこでもやりたいので、これをお読みの方、ぜひお声がけください(笑)。

---具体的に、どのようなビジネスを行っているんですか?

 大きく分けて3つ、「営業してパフォーマンス案件を取ってくる(主催者からイベント出演料を頂く)」「ライブを自ら主催し、チケットを売る」「スポーツジムにシンクロの教育カリキュラムを提供する」といった事業を展開しています。

 立ち上げ時は、ひたすら電話営業でした。本州にあるプールにはほとんど全て電話営業をかけたと思います。当初はノーギャラのパフォーマンスが多く、ひたすら借金が増えていくばかりで、かなり辛かったですね。

 いつも思ってたのは「なんで好きなことをやってて、見ればみんな喜んでくれるのに、全然受け入れてもらえないんだろう?」ということでした。

---チケット販売やイベント出演というのは分かりやすいですが、スポーツジムへのコンテンツ提供は新しいやり方ですね。

 ボーイズシンクロはリアルなパフォーマンスなので、例えば音楽におけるCDのように、「一人歩きしてくれるコンテンツ」がありません。スポーツジムへのカリキュラム提供には、「一人歩きするコンテンツ」を作っていく狙いもあります。

 プールのあるフィットネスに、iNDIGO BLUEが作成した「シンクロを習得するためのカリキュラム」を提供します。これはフィットネス運営企業にとってもメリットがあります。

 これまでフィットネスクラブに行かなかったような層、例えば中高生なども「ボーイズシンクロ」を目当てに訪れるようになる可能性が生まれ、フィットネスクラブの新規の顧客開拓に向けたチャレンジにもなります。同時に、ボーイズシンクロとiNDIGO BLUEに触れてもらう機会にもなります。

 大ヒットした『ウォーターボーイズ』も10年前の映画。知らない世代も増えています。ボーイズシンクロが広く認知されて、「するもの」としても「観るもの」としても、サッカーや野球を超えるレベルの選択肢にしたいと思っています。そのために超えなければならない壁はとても多いですけどね。

---平澤さんはチームのマネジメントやビジネス面を見ているんですよね。出演している学生たちは無償なんですか?

 今のところ、学生たちにはパフォーマンスそのものへの対価は支払わず、パフォーマンスの際の交通費と保険料という名目で対価を支払っています。

 それは、彼らにとってこの活動の入口が、常に「楽しいから」続けるものであってほしいと考えたからです。僕自身、何も持たない時期が長く続きました。しかし、続けてこられたのは「楽しいから」です。その感覚を持つことはとても大切で、最初から十分な金銭的リターンがあったら、果たして僕は今こうしていたのか、疑問です。

 いつも「なんで好きなことで食えなくて、バイトとかで食えるんだ?」とか思ってましたからね。僕らはそういう状況を変えるロールモデルになりたい。だから、文化をつくる先頭に立つメンバーには、少なくとも少しの間は「食えない経験」が必要だと考えています。

 自分のした苦労を人がしないようにすることは大切だと思いますが、一方で、そのマインドが形成されるきっかけになった、コンプレックスの要因になる経験については常に残し続けるべきだと思っています。

 創業者としての理由付けはそこまでで、会社の経営者としては「安定してプレーヤーにお金を払えるようにしないといけない。それができなければただの仲介業者だ」と強く思っています。現状、僕を含めた運営陣は食べていけるんですが、パフォーマンスを行うプレーヤーはまだ食べていけるレベルではありません。

 あと2年で主力メンバーが大学を出て、社会人になります。その時までに、彼らが専業パフォーマーとして、うちの会社に就職できるようにします。もちろん、クルーを組む現場のスタッフたちにとっても、役割に集中できる環境をつくりたいです。

 一生懸命やっても食べていけないなら、今までのマイナースポーツと変わりません。それは避けたい。世界を見渡しても「ボーイズシンクロ」で食べている人たちはどこにもいませんが、だったら、食べていける方法を考え出せばいいだけの話。それを考えることができれば、ひとつづつ実行していくだけです。僕たちはそれに挑戦しています。

---自分たちがロールモデルとして、後に続くプレーヤーたちに道を創っていく、という感じですね。

 もう、「パフォーマーはパフォーマーだけ、選手は選手だけやっていればいい」という時代は終わったと思うんです。既存の仕組みでは、必ずしもアーティストやパフォーマーに利益が還元されていません。一部のアーティストはサラリーマンのようにもなってしまっています。

 業界の縮小や流通規模の変化によって、既存のマネジメント体系が崩れてきていることもその原因ではあります。ボーイズシンクロ・エンターテインメントでは、マネジメントサイドとパフォーマーサイドがお互いの領域について理解する努力をしていくことで緊張関係を保ち、僕たちなりのやり方をつくっていきたいと考えています。

 それに今は、自分たちでビジネスを行える土壌が生まれてきています。大きな会社に属するという手法だけでなく、縛られない自分たちのやり方で挑戦していくことで、結果的にファンに対してしっかりと「エンゲージ」できると感じています。

 僕はこれからも「自分の夢を叶えることが、誰かの夢が叶うことになる生き方」ができるよう、チャレンジしていきたいです。

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