現代新書
米国発の「市場主義経済学」では、いまの危機は解決できない!
『経済学の犯罪』著者・佐伯啓思インタビュー

 米国発のリーマンショックからEU圏の国家破綻危機と、いまだに解決の糸口が見えない世界金融危機。長期間デフレ状態が続く日本。こうした経済の大問題の背景には、私たちの考えを規定している経済学そのものに問題があるからだ……。
経済学そのものにメスを入れ、私たちに思考の転換を迫る新刊『経済学の犯罪』(8月17日刊行)。その著者である佐伯啓思・京都大学教授に話を聞いた。

「正しい」経済学が人の思考を支配する

── 今回の本はタイトルからして刺激的ですね。

佐伯 といっても、別に誰か特定の経済学者を批判しているというわけではありません。今回の本では、いまだに収まる気配のないグローバル金融危機、日本の長引くデフレなどの背景として、ここ30年近く世界で主流となり、各国の経済政策、人々の経済に対する考え方の基本になっている経済学そのものの問題があるのではないかということをテーマとして書きました。

── その経済学というのが「市場主義経済学」というわけですね。

佐伯 そうです。市場主義経済学とは、人を合理的な存在と見て、自由な市場競争さえ行えば成長は無限に可能だとする考え方ですね。それがいつの間にか唯一の「正しい」経済学になってしまった。

 もともと私が大学で経済学を学んでいた1970年代は、多様な経済学がそれぞれの思想的背景をもって論戦を繰り広げていた。もともと経済学は社会を変えていくための運動や政策の思想だった。マルクスもそうだし、ケインズもそうだし、ほかの経済学にしても同じだろうというのが当時の考えでした。それが現実の政策に役立てばいいじゃないかと思っていました。

 ところがその後、1970年代のアメリカ経済の行き詰まりの中で、それまで政策に反映されていたケインズ派が批判されて、最終的にシカゴ学派の市場主義経済学が勝利を収めた。

── なぜシカゴ学派が勝ったのでしょう?

佐伯 当時のアメリカでは、失業よりもインフレが問題であったということもあります。また、それまでの産業型経済成長モデルが崩れていく中で、金融市場を自由化することで、新たな成長モデルをつくろうとしたときに、市場主義経済学の考え方がマッチングしたということがあります。

── でも、その後が問題だった。

佐伯 ええ。何が問題だったかというと、他の経済学が消えていって、いつの間にか市場主義経済学が「科学」とみなされ「教科書」の経済学になっていったことです。さらにアメリカが世界の経済学者の生産工場のような役割を果たしたことで、世界中にその考えが広まっていった。

佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。

── 日本でもその影響が大きかったようですね。

佐伯 日本の場合、「思想」としての経済学であるマルクスが社会主義の退潮とともに衰退し、「科学」としての市場主義経済学が勝利したということになりました。本当は市場主義経済学もまた特定の思想背景を持っていることが忘れ去られている。

── 本の中でも、いまでは市場主義経済学の始祖のような捉え方をされているアダム・スミスをきちんと読むと、市場主義と違うことを書いている、むしろ当時の重商主義──いまでいう市場主義──の考え方を批判しているという指摘がありましたね。

佐伯 それが市場主義経済学が「科学」として「教科書」になってしまったということなんです。教科書になっているということは、今日の経済学は現状でいえばある意味「完成品」ということ。そうすると以前の経済学はまだ未完のものということになる。

 アダム・スミスなども、たしかに市場主義的な部分も持っているので、未完成の市場論を多少は展開したことになる。その後リカードが出て、ワルラスが出て、ケインズはたしかにそれに異を唱えたけれど、その後ケインズを乗り越え、だんだん理論が精緻になってきていまの経済学になったという説明がなされるわけです。一種の知的な進歩史観ですね。市場主義経済学の進歩史観です。

── 教科書的な「正しい」経済学に沿って、先人たちの仕事も整理されてしまうというわけですね。そうすると、あとから学ぶ人にとっては、それが「正しい」こととして考えの枠組みがそこから離れられなくなってしまう。ところが実際はその「正しい」経済学というのもまた、ある思想的な「価値」を背景としたものに過ぎない。

佐伯 経済学はやはり自然科学などと違い、価値判断が入ってくる学問なんです。市場主義経済学はあくまでアメリカ社会の価値が入っている経済学なんです。アメリカ的な能力主義や効率主義が当然のことになっている。本来は、私たちは最初に価値の選択をすることが大事なのであって、それが効率なのか、余裕のある生活なのか、文化的なものなのか、こうした価値を選択することが大事で、そこからどのような経済学を選択するかが決まってくるんです。

 ですからいまの市場主義経済学は、アメリカ型の自由市場で競争をして効率性が第一だという価値を選択しているだけ。しかもアメリカはその経済学をすでに論証されている「科学」、自然科学のような科学であると言っているだけ。そこは疑ってかかったほうがいい。

── その前提が疑われなくなってしまうと、いろいろな問題も生じてくるわけですね。

佐伯 たとえばケインズ派とシカゴ派の大きな違いは、需要側から見るか、供給側から見るかです。成長は無限に可能と見るのはシカゴ派でとにかく供給能力を高めればオーケーだと考える。一方ケインズ派は需要が問題と考える。だから需要が伸びないときに供給能力を高めてもデフレ圧力が高まるだけ。

── たしかにここ近年の日本の状況を見ていると、どちらが正しいかその結果は明らかですね。

佐伯 そう、どう考えても需要が供給に比べて少ないことが問題です。だからいまはむしろケインズ的な考えで短期的には需要を増やすことを考える。長期的には需要が大きくは増えないなかでどのように社会設計をしていくかを考える必要があるはずなんです。でも市場主義経済学が「正しい」経済学になってしまっていると、そうした考えは経済学に反した「間違ったもの」となってしまう。

── グローバル金融危機も同じことですね。

佐伯 リーマン・ショックにせよ、EU危機にせよ、これだけの危機が起こり、なかなか解決への糸口が見えてこないこと自体、近年経済政策として採用されてきた市場主義経済学がうまく機能していないということを示しています。ですから本当はこれに代わる経済学を私たちは考えていかなくてはいけないのです。ところがいまの経済学が「正しい」経済学だと思っている間は、その考えの枠組みからなかなか抜け出るのは難しいので、うまくいかないのです。

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