形骸化された会議、密室で進められる手続き、意味のない事業評価・・・私が改革に着手した自民党政治の悪癖を復活させてはならない!

 前回に続いて、政権交代時に取り組んだ公共事業改革を記したい。前回は、道路、鉄道、空港などのいわゆる交通インフラ整備の根拠となる「将来交通需要推計」が、政府の目標GDPを主要な変数要因としていることから、デフレ下でも常に右肩上がりの数値となってしまうことを明らかにした。そしてそのモデルの変更を実施したことを報告した。

 これにより、交通インフラの需要予測がより整合性のとれたものとして整理され、事業化においても「無駄の排除」が合理的になされることになる。

 そして、こうした需要推計に基づき公共事業を計画するときに行う、「事業評価」手法についても政権交代と同時に法律事項でないことから副大臣時代に着手したのだ。「事業評価」の何が問題だったのか、そしてどのような方向性で改革を推進してきたのかを記す。

1)事業の進め方と問題意識

「形骸化された国幹会議」

 平成22年4月自民党政権下で、国土開発幹線自動車道建設会議(以下「国幹会議」)が突如開催された。この国幹会議と呼ばれる会議は、法律に基づく国土交通大臣の諮問機関であり、与野党の国会議員10人と有識者10人の計20人で構成されており、高速自動車国道の新規着工区間の前提となる「整備計画」の審議をするなどの法的役割を持っている。

 平成22年4月の国幹会議開催で審議されたのは、高速自動車国道4区間71kmの新規着工、6区間190kmの4車線化着手であった。当時野党議員だった私は、ホテルオークラで行われた国幹会議の傍聴に駆け付けたのだが、そのあまりにも形骸化された審議内容には驚くばかりであった。

 会議開催直前まで一切の資料開示もなく、わずか2時間の審議の間、各委員からは様々な質問、疑義が提示されたものの、事務方からはほとんどデータの提示、説明もなく、最後は金子一義国土交通大臣(当時)が、議題は了解されたとして一方的に会議を打ち切ったのだった。傍聴していた多くの一般市民が、声を荒げ騒然となったのを今もはっきりと覚えている。

 このような形だけの会議によって、更には一切の国会の審議を経ないまま、総額2.6兆円にも上る公共事業の着手が決定されることに唖然とした。しかも有料道路であるにも関わらず、際限なく税金を投入するという「合併施行方式」の導入を前提としていることも問題だったが、その税投入について財源の目処も示されていないままであった。また驚くべきことに、この会議開催まで、多くの国会議員や国幹会議委員はおろか、関係する地方公共団体すら事業着手を知らされていないのである。

 すなわち、自公政権での高速道路行政とは、どこの高速道路を整備するのか、どのような整備手法を採用するのか、毎年各事業にいくらの予算を投入するのか、が道路局(と一部の道路族議員)の密室で検討されていただけなのである。

「密室で決定される道路行政」

 このような高速自動車国道の整備は、まだ国幹会議のような第三者の意見を聴く仕組みや法定の路線網や整備計画などの事業計画が規定されており、これでもまだ道路行政全体の中では、透明な方である。国の直轄事業による高規格幹線道路(一般国道の自動車専用道路)や事業費が250億円以上の大規模事業の新規着手は、年末の予算編成時に財務省の内示として公表され、それ以外の事業は年度末に公表される。

 旧政権時代までは、これらの事業の新規着手の検討にあたっては国幹会議のような第三者のチェックを受けることは一切なかった。さらに、事業費の一部を負担することとなる地方公共団体に関しては、要望活動(昔は陳情と呼ばれていた)をしていることや、賛成を表明している期成同盟会に出席していることなどを根拠に、当然賛成の立場であるとの前提に立っており、国は、事業化に際して一切、地方公共団体の意見を聴くこともなかったのである。

 また、一応、新規着手にあたっては、事業評価の手続きを行っているものの、手続きは全く透明化されていなかった。必要な資料作成を含めたあらゆる検討が道路局内の密室で行われ、国民やその代表である国会議員の誰も知らないまま、手続きが進められ、ある日突然に結果だけが公表されてきた、というのが実態なのである。

 このような新規着手のみならず、「箇所付け」と呼ばれる個々の事業箇所毎の毎年度の予算配分は、国民、国会を含めて全く外部に情報公開もされず、密室で作業が続けられ、年度末の予算成立時に地方公共団体に対して一方的に通知が届くだけ、という状況であった。

 自公政権時代には、予算成立直前に、まずは派閥のボスへ情報提供がなされ、次は族議員へと時間差をおいて情報提供が行われており、派閥のボスたちは、これを子分に情報提供していた。当時は、地元の地方公共団体へいかに早くこの箇所付けの情報を伝達するかが、国会議員の力を誇示する一つの手段となっていたことが背景にある。まさに族議員と国交省内の一部官僚の癒着の象徴であった。

「形だけの新規事業評価」

 新規事業評価は、ほとんどの事業で事業化の前年度に行われる。この時、事業がどのような段階にあるかというと、例えば道路事業では、現場では既に環境アセスや都市計画決定が行われ、もはや事業内容の変更など不可能である。都市計画法によって制限がかけられている中、後戻りすらできない。

 つまり、新規事業評価は、せいぜいB/C([便益:Benefit]を[費用:Cost]で割った値)が1を下回っていないかどうかをチェックすることだけが目的であり、事業の必要性や事業の内容を評価する仕組みではなく、形だけ行っている状況だった。

 このような評価の仕組みだと、B/Cが1を上回っていれば、どんな事業内容でもOKとなり、コスト縮減のインセンティブは働かない。わずかな交差点改良で目的が達成するにもかかわらず、大規模なバイパスを計画するようなこととなりかねないのである。

 また、仮にB/Cが1を下回りそうになっても、だれも事業内容をチェックしないため、わざと事業費を小さくすることによってB/Cをクリアし、事業化後に、環境対策とか用地の高騰とかの理由をつけて事業費を増額変更することがかつては行われていた。このことは公共事業を、「小さく産んで大きく育てる」として国交省内では公然と呼ばれていたのである。

「意味のなかった事業再評価」

 事業化した後に行う事業再評価の実施時期は、公共事業の場合、未着工であれば事業化後5年後、そうでないと10年後であった。5年たっても未着工の事業はあまりなく、ほとんどの事業が事業化後10年たってから事業再評価が実施されていた。

 道路事業の場合、平均的な事業完成までの期間は概ね10年程度であり、事業再評価を実施する頃には、事業はすでに完成しているかもしくは完成間近であることが多い。つまり、事業再評価の制度は、やっても事業の見直しはほとんど不可能な段階であり、意味がない制度であったのだ。

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