勝間和代(経済評論家)×升永英俊(弁護士) 第1回「本当の多数決ではない日本の民主主義。『一人一票』の権利を否定する最高裁判事に×をつけよう」
〔左〕升永英俊さん(弁護士)と〔右〕勝間和代さん(経済評論家)

勝間 升永さんはこの数年、「一人一票」運動の旗振り役ですよね。

升永 「一人一票」というのは言われてみれば当たり前なんだけど、私自身、この問題に気づいたのは10年前なんです。

 もちろん一票の格差の問題は、50年前、私が二十歳の時に大学で憲法の講義を受けたときからあって、「これは日本の抱える最大の不条理だ」と感じていました。

 当時、衆議院の一票の格差は4.8倍でした。で、その当時の議論は、「これを3倍以内にしなければならない」というものだったんです。

勝間 許容範囲は3倍であると?

升永 そう。でも私は、その3倍説はおかしいと思っていました。「3倍は無茶苦茶じゃないか。1倍でないのはオカシイ」と。

 ただし、そのころは、一票の格差があるからといって、「日本が民主主義国家じゃない」とまでは思っていなかったんです。

 日本では、言論の自由が守られている。それに選挙も行われている。この2つの要件を満たしている。だから、一票の格差が衆議院で4・8倍あり、不条理とはいえ、民主主義国家の定義には入っていると。そう思っていた。

勝間 その認識が10年前に変わったということですか?

升永 ええ。「日本は、必ずしも、多数決で法律をつくっていない。多数決の保障のない日本は、民主主義国家ではない」と突然気づいたんです。

 日本では必ずしも多数決が行われていなくて、少数の国民が、国会議員を通じて法律を作る場合がある。その法律には、多数派の国民も、少数派の国民も、全国民強制的に従わされてしまう。これはおかしいじゃないか。そう気がついたんです。

勝間 民意の反映であるべき民主主義が、実は票の格差の部分で歪んでいて、しっかりと反映されていないということですね。

升永 うん。日本では、必ずしも多数決が保障されていないことに気づいて、私はぞっとしたんです。

青色ダイオード訴訟判決の直前に

勝間 10年前に、なにかきっかけでもあったんですか?

升永 まったく偶然です。当時は忙しい時期でした。私が代理人をしていた(青色LEDを開発した)中村修二さんの地裁判決が出る前の、一番忙しいときでした。

 ただ伏線が一つありました。当時私は60歳でしたが、小学校二年生の時の担任の先生が写真を送ってくれたんです。その先生は80歳くらいの方で、送ってきてくれたのは、小学校の遠足に行ったときの集合写真です。昭和24年か25年頃で、日本がまだ貧しい時代です。50人のクラスが、3段くらいに並んでいる。その最前列を見ると、15人のうちの女の子が2人、男の子が3人、裸足なんです。

勝間 まだ靴が履けない時代ということですか。

升永 ええ。当時だって遠足となると、年に一回の晴れの日です。親は、子どもに寂しい思いをさせまいと思っても、靴を買ってあげられなかった。その写真を見て、私は小学校二年生のときのある出来事をふと思い出したんです。

勝間 どんな出来事ですか?

升永 級長を選んだときのことですよ。私は小学校一年生の時に、先生に選ばれて級長をしていたんです。で、二年になったら先生がね、「もうあなた方は一年生じゃないんだから、みんなで投票で級長を選びなさい」と。

勝間 民主主義ですね(笑)。

升永 そうです。で、小学二年生の私としては、どうしてもっていう訳じゃないけれど、前も級長だったら、やっぱり次も級長になりたいわけ。

勝間 はい(笑)。

升永 そうしたら、あえなく落選。でも、その時に私は納得したんです。

勝間 民主主義で別の人が選ばれたから?

升永 うん、そう。「もうしょうがない」と思った。でもそのとき、仮に東町の子は1票、西町の子は0.2票、北町の子は0.3票、なんていう選挙で負けていたとしたら、私は納得していなかったね。

勝間 そうでしょうね。東町の子が選んだ子だけが有利になってしまっちゃいますものね。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら