アダム・スミスの「生きるヒント」 第8回
「オリンピックを観ていて感じる違和感」

第7回はこちらをご覧ください。

 ロンドンオリンピックを観ていて、特に試合後の選手へのインタビューを観ていて感じたことがあります。それは、期待にこたえられなかった選手たちがあまりにも自分たちを卑下しているということです。

 勝負の世界は「不確定要素」が多分に含まれています。どんなにすごい伝説のバッターでも、10割は絶対に打てません。どんなに強い選手でも100%勝てることはありません。

 もちろん、勝つために、メダルのために、さらには金メダルのために努力してきたのであれば、その目指している結果が得られなければ満足はいかないでしょう。

 だからといって、自分を「全否定」することはないのでは? と感じます。

 アダム・スミスが現代に生きていたら、選手たちにどんな声をかけたでしょうか? 今回はそれを考えてみたいと思います。

称賛に値する行為とは?

 ある種の行為に対しての評価は、「心の意図」「体の外部的な行為、または運動」「実際もたらされた結果」のすべてから判断されなければならない、とスミスは言いました。
つまり、その行為が評価されるべきか、非難されるべきかなどの評価は

●意図
●実際の行動
●結果

 の3つがあって初めて決まるのだとしたのです。

 これはつまり、

●結果を出そうとがんばって(意図がある)
●結果を出すために適切な行動をし(事前に練習し、本番でも精一杯がんばり)
●実際にいい結果が出たもの

 だけが称賛に値するということです。世間から称賛されるということです。

 そして同時に、

●結果を出そうとがんばって(意図がある)
●結果を出すために適切な行動をしても(事前に練習し、本番でも精一杯がんばっても)

 実際にいい結果が出なければ、称賛されないということです。

 つまり、メダルを目標にどんなにがんばって練習を積んできても、実際にメダルを取れなければ、世間から称賛はしてもらえないということです。

《原 文》
「恩恵を与えようと努力して不成功に終った人自身は、そのような努力に成功した場合におけると同様にかれが恩を施すつもりでいた人の感謝を決して期待してはならず、あるいは恩を施すつもりでいた人に対する自分自身の功績に関しても、同じような感覚を決して抱いてはならないのである」(『道徳情操論』P230)

《意 訳》
「つもり」だけで、最終的に「結果」が伴わなければ、高い評価にはならない。

 つまり、「結果が出なければ、世間からは認められない。認めてもらおうと思ってはいけない」と言っていたのです。

 世間は、プロセスよりも結果を重視します。そのため、いくら完璧なプロセスを踏んでも、結果が出ていなければ評価してもらえないのです。

 このように書くと「やはり世間は表面的な評価、本質ではない評価しかしない」「世間の評価は妥当ではない」と感じがちです。ところが、スミスもまた、「結果が出ていなければ、評価されないのは当然」と考えていたのです。

《原 文》
「われわれが特定の事例に臨んだ場合には、ある行為の偶然にもたらす現実の結果は、その行為の功績または罪過に関するわれわれの情操に非常に大きな影響を及ぼし、ほとんど常にわれわれの功績感を高めたり、低めたりする」(『道徳情操論』P219」)

《意 訳》
私たちが下す「他人への評価」は、「結果がどうだったか」に大きく左右される。

 「結果だけでなく、プロセスも重要だ」。そう考える人も多いでしょう。また、「自分は結果だけで判断しない人間」と言えば、「相手の気持ちが分かる温かい人間」と思ってもらえると感じている人もいるでしょう。

 しかしスミス曰く、現実には「誰もが自覚せずにそう判断しているし、そう判断しているとも認めない」のです。

《原 文》
「このような情操の不規則性はすべての人がこれを感じておるにかかわらず、しかもそれを充分に自覚している人がほとんどおらず、そして誰もそれを自ら進んで信じようとしない」(『道徳情操論』 P219)

《意 訳》
だれもが「結果重視」で考えているにもかかわらず、自分でそれを自覚しておらず、また自分がそういう考えをしていることを認めようとしない。

 柔道で金メダルがなかなか取れなかった時、マラソンでメダルが取れなかった時、
期待していた選手が惨敗してしまった時、「期待はずれ」という感情は起こりませんでしたか?

 どんなに「結果だけで考えるべきではない」と口にしていても、やはり結果によって評価が大きく変わってしまうのです。

 スミスは、「他人の感情を推し量ることが、仁恵や人間愛の美徳に通じる」と考えていました。

 だとすれば、「そのつもり」があって、結果を出そうとしてがんばったのなら、たとえ結果が出なくても、本人の気持ちを推し量り認めてあげるのが美徳、それが人としてあるべき心持ちだと考えてもよさそうです。

 ところが、スミスはそうは考えませんでした。「結果」が出なければ意味がなく、ましてや「結果は出なかったが、ここまではやった」と他人に恩を感じさせることはできない、と考えていたのです。

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