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ドキュメント丹羽宇一郎中国大使の悲劇 男気を見せて大役を引き受けたのに、前原誠司に裏切られ、現地でシカトされ、最後は引き籠もった

「こんなはずでは」と一番臍を噛んでいるのは、おそらく本人だろう。民主党外交の目玉人事だったはずの大物民間大使は、なぜかくも・空転・してしまったのか。丹羽大使の2年間を、徹底検証した。

大使の年俸は3000万円

「日本国駐中国特命全権大使とは名ばかりで、実際は外務省北京支店長だな」---丹羽宇一郎大使(73歳)は、こうボヤく日々だったという。

「東京都による尖閣諸島購入が実行された場合、日中関係に極めて深刻な危機をもたらす」との持論を述べた英経済紙『FT』のインタビュー(6月7日付)によって、轟々たる非難を浴びた丹羽大使。7月15日には、甘粛省出張をドタキャンさせられて玄葉外相から一時帰国の命令を受ける始末で、いまや大使生命は風前の灯だ。この大物民間大使の身に、一体何が起こったのか?

「年俸は(伊藤忠会長の)1億円から(中国大使の)3000万円に落ちるが、限りある余命を国に捧げると決めた。もはや中国の専門家が対中外交をやればいいという時代は終わった」

 このような並々ならぬ決意を見せ、'10年7月末に、鳴り物入りで北京へ渡った初の民間中国大使・丹羽宇一郎氏。着任時に日本メディアは、まるで大スターが訪中したかのように報じた。

 テレビ局の北京特派員が、当時の様子を振り返る。

「次期アメリカ大統領候補と言われたハンツマン大使を始め、各国とも超大物を続々と中国大使に据える中で、ついに日本も民主党が決断したと、北京の日本人社会は湧き立ちました。『好物は吉野家の牛丼』という紹介記事が中国の有力メディアに載り、日本大使館付近の吉野家を張り込んだりもしました。結局、一度も現れませんでしたが」

 当の丹羽大使は、120人の大使館職員を一堂に集めて、高らかに・所信表明演説・をブッた。

「日本大使館にも『改革』が必要だ。これからは無駄な会議と経費はどんどんカットしていく。夜のカラオケも禁止する!」

 これまで悠々自適の生活を送っていたエリート外交官たちは、民間大使の発言に震え上がった。

 実際、毎週水曜日恒例の全体会議を月1回に減らしたり、帰任者へ大使が習慣的に渡していた「餞別」を廃止したりという「改革」に着手した。

 だが、着任1ヵ月余り経つと、「丹羽改革」は頓挫してしまう。

 9月上旬に、尖閣諸島沖で、中国船が海上保安庁の巡視船に突撃するという事件が起こったからだ。

 当時の日本大使館の中堅外交官が証言する。

「まさに日中が一触即発の事態を迎える中、外交のいろはを知らない丹羽大使は右往左往するばかりでした。丹羽大使が、『オレのポン友だ』と豪語していた劉淇・北京市党委書記(当時の北京市トップ)ら中国要人は、冷淡そのもの。彼らが熱烈歓迎してきたのは、中国にガッポリ投資してくれる伊藤忠社長の丹羽氏だったわけです。さらに、丹羽氏に三顧の礼を尽くして大使就任を要請した岡田外相が外れ、後を継いだ対中強硬派の前原外相は、丹羽大使を完全に無視しました。すっかりしょげた丹羽大使が、『日本国駐中国特命全権大使とは名ばかりで、実際は外務省北京支店長だな』とポツリと漏らしていたのが印象的でした」

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