メダル獲得が有力視される3人は、こうして強さを積み重ねてきた 柔道ニッポン肉親・恩師が明かす「努力の天才」の育て方
さあ 開幕!ロンドン五輪

フライデー

 岩井さんはそう言って豪快に笑うが、中学生にとってその練習量は想像を絶するほどの辛さに違いない。しかし、松本は一度も音を上げることはなかったという。

「私が〝しごく〟という言葉を使う時は、それはもう本当にすごい練習量なんです。毎晩一人か二人の親から苦情の電話がかかってくるほどでしたね。でも、薫は私がどんなにしごいても一度も練習で泣き言を言わなかったし、手も抜かなかった。だから、私もどんどん力を入れて育てたんです。『限界なんて絶対に作るな! まだ出来るぞ!』と。本当によく努力を重ねたと思いますよ」

 同塾を巣立った後、松本は金沢学院東高校と帝京大学を経て、'10年の世界柔道選手権では優勝を果たしている。その試合で海外メディアに〝野獣〟とまで評された真剣な表情は、恩師による厳しい指導が生んだものなのだ。

穴井が柔道を学んだ道場に立つ山中さん。「ロンドンでは、ぜひ表彰台の真ん中に立ってほしい」とエールを送った

穴井隆将

「最初の稽古の日、穴井は準備運動でやる前転や後転すらできず『もう柔道はできん。帰りたい』って拗ねていたんですよ。今では信じられませんね(笑)」

 そう昔を懐かしむのは、大分市の「秀鋭館道場」で柔道を教える山中圏一さん(68)。柔道男子100kg級代表の穴井隆将(27)を5歳から中学卒業時まで教えた恩師である。

「穴井は大分県警に勤めていたお父さんに連れられてきたのですが、当時はひょろりと背の高い、色白の子どもでしたね。最初は辞めたいなんて言っていたけれど、1ヵ月もしたら前転も後転もできるようになっていましたから、運動能力は高かったんでしょうね」

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