「消費税増税と公共事業用バラマキ」を模索する民自公大政翼賛体制は、国民を幸せにできるか!?
スポーツは人々に勇気と希望を運んでくれる・・・〔PHOTO〕gettyimages

 ロンドン五輪が始まった。開会式前から、男女のサッカーで日本が快勝し、幸先の良いスタートとなった。

 オリンピックにも政治や経済の影が投影している。出場したシリア選手団は母国の内戦に心を痛めているであろうし、またシリアのオリンピック委員会のトップは、イギリス政府から入国を拒否されている。

 開会式でいつも最初に入場するのは、オリンピック発祥の地であるギリシャの選手団であるが、彼らの入場行進を見ながら、ヨーロッパの経済危機に思いをはせないわけにはいかなかった。今や、欧州のお荷物となったこの国が、世界の不況を招いていることを考えると、古代オリンピック以来の歴史の皮肉に苦笑させられる。進展するユーロ安で、日本の輸出企業は、ますます苦しい状況に置かれつつある。

 そのように様々な思いを巡らせながら、酷暑の日本で、オリンピック観戦を楽しんでいるが、五輪開催期間は、世界の人々の関心がそこに集中する。その分、政治の動きはあまり注目されなくなる。本来は、国会も夏休みのはずであるが、民主党の統治能力、国会運営能力の欠如から、だらだらと延長国会を続ける羽目になっている。

「虚業」から「賤業」へと堕ちた日本の政治

 それにしても、スポーツに比べると、政治の質の劣化は恥ずかしいかぎりである。スポーツや芸術は人々を鼓舞激励し、明日への希望を運んでくれる。昨年、日本は未曾有の大震災に見舞われたが、なでしこジャパンの活躍で、国民は元気になった。素晴らしいことである。音楽、美術、文学などは、人々に希望を与える。スポーツや芸術は、実業ではなく、いわば虚業であるが、それが国民に与える心理的効果は絶大である。

 無敵のスペインに日本のサッカーチームが勝ったとき、日本国民は心から快哉を叫んだ。逆に、敗れたスペインは、ギリシャに次いでヨーロッパの問題児となっている。経済不況に加えて、スペインの国民の嘆きはいかばかりかと案じられる。

 政治もまた、虚業であるが、国民に夢と希望を与えるという壮大な使命を帯びている。しかし、この数年の政治は、残念ながら、その役割を果たしていない。政治家は、大いに反省しなければならない。

 かつて私は、『賤業としての政治家』という本を書いたことがあるが、それは、政治家が、夢と希望を国民に与えるという「虚業」家であることを忘れて、利権をあさる実業家、つまり、神聖な仕事でなく、賤しい仕事をする人間に堕してしまったことに警鐘を鳴らした書である。

 自民党は長年にわたって政権に就いていたために、賤業家の集団となり果て、政官業の癒着が国民の厳しい批判にさらされたのである。たとえば、党税調の会合が開かれる部屋の周りを業界団体が取り巻くというグロテスクな光景を思い出すだけで、その鉄の三角形の実態が想像されよう。

 毎年そのようなことばかり繰り返していたから、3年前に政権交代が起こり、自民党は、有権者によって政権から放逐されたのである。そのことをきちんと反省すれば、党の改革に邁進し、新しい政党に脱皮しなければならないはずである。

 ところが、民主党、公明党と三党合意を結んだとたんに、またかつての利権体質に戻ろうとしている。公明党も同様である。消費税増税分は社会保障の充実に使うというのが、税と社会保障の一体改革を進める上での国民に対する約束ではなかったのか。「コンクリートから人へ」というスローガンが有権者の心に響いたのには、それなりの理由があるのである。

 ところが、今後10年間で、自民党は200兆円、公明党は100兆円の公共事業に、増税した消費税を使うことを提案している。「国土強靱化」や「防災・減災ニューディール推進」などという聞こえの良い修飾語を使っているが、要は公共事業用のバラマキである。

 そのようなバラマキ政策では、日本経済は復活しないというのが、過去20年間のデフレの教訓ではなかったのか。野田民主党は、追放した小沢一郎グループの穴埋めに自公を使っているが、「消費税増税と公共事業用バラマキ」を模索するのならば、国民への裏切りも甚だしい。まさに、何のための政権交代だったのか。この先は、暗黒の10年間が日本国民を待ち受けている。

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