偏差値30台からハーバードMBA合格! そして米国で最高峰の就職(その1)
~ボリュームゾーンからのグローバルキャリアのつかみ方

2012年07月30日(月) 田村 耕太郎

 ところが、予備校の先生と仲良くなったせいか、受験直前に突然、英語以外の勉強が面白くなってしまいまして、これまでいくらやっても頭に入らなかったのに、「面白い」と思ったら急に理解できるようになりました。それから2ヵ月ぐらい完全に家に篭って勉強しました。ただ、直前すぎて自分の実力もいまいちわからなかったので、適当に願書を出して、たまたま合格したのが明治大学でした。何にせよ、英語を勉強せずに受験したのでそれ以上の大学には入れなかったと思います。

---大学生活からハーバード進学まではざっとどのように過ごされてきたのでしょうか?

 大学生活の初期は、経済学部のくせにインターネットオタクで、明治大学のインターネット教育プロジェクトのアドバイザーとしていつも働いていました。中盤はインターネット技術を学ぶためにアメリカに交換留学し、後半には、6人でアルトビジョンというインターネットベンチャーを立ち上げました。生活としては、朝9時に出社、時々授業のために会社を抜け出し、帰社してから終電まで仕事するというパターンでした。

 卒業後は、アクセンチュアの戦略コンサルティング部門に入りました。アクセンチュアを選んだのは、僕のいたベンチャーはアクセンチュア出身者が多かったので逆にその会社ぐらいしか知らなかったからです。アクセンチュアでは、日本を代表する企業の参謀として、全社戦略、新規事業戦略、マーケティング戦略など、色々なプロジェクトを担当させてもらいました。ハードワークでしたが、成長を実感できる楽しい仕事でした。

---起業した人でMBAに行く人は珍しいと聞きます。古賀さんのアメリカMBA留学のきっかけは?

 おそらく大学生の時に行ったシリコンバレーとニューヨークへの出張がきっかけだと思います。シリコンバレーの気候やリラックスした雰囲気、アメリカのベンチャーの活気が気に入って、インターネットオタクとしては「なんだか面白そうな世界もあるもんだ」とワクワクしたんです。さらに、大人になってから社会人として怒られずに済むにはどうすればいいのかを考えて、じゃあMBAでも取るかな、と。

 あとは、あまり論理的に説明できる気がしません。とにかく、ワクワクしたので、行ってみたかった。本当は「アメリカのベンチャーで働こうと思った」とか格好いい事を言いたいのですが、正直言ってそんなに甘い世界じゃないことも知っていましたし。

---MBA大国アメリカには多様な学校があります。どういう基準でビジネススクール出願校を選ばれたのですか? ほかの出願校の合否は?

 そもそもきっかけが「気候がよさそう」なのでスタンフォードが第一志望でしたが、あっさり落ちましたね。他には、ベンチャー関連の授業が面白いところでハーバード、UC Berkeley、MITなど数校受けましたが、結局ハーバードとUC Berkeley以外は、落ちたかあるいは補欠合格でした。UC Berkeleyは気候がいいので本気で行こうかと思っていたのですが、ハーバードに受かったといったら親や親戚も喜んでいたのと、「無理そうなことからやる」というポリシーもあったので、無理そうなハーバードに決めました。




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田村 耕太郎

(たむら・こうたろう) 前参議院議員。エール大学上席研究員、ハーバード大学研究員などを経て、世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で唯一の日本人研究員を務めた。
国立シンガポール大学公共政策大学院名誉顧問、新日本海新聞社取締役東京支社長。
1963年生まれ。早稲田大学卒業、慶応義塾大学大学院修了(MBA取得)。デューク大学ロースクール修了(法学修士)、エール大学大学院修了(経済学修士)、オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了、ハーバード大学ケネディスクール危機管理プログラム修了、スタンフォード大学ビジネススクールEコマースプログラム修了、東京大学EMP修了。
2002年から10年まで参議院議員を務めた間、内閣府大臣政務官(経済財政、金融、再チャレンジ担当)、参議院国土交通委員長などを歴任。
シンガポールの国父リー・クアンユー氏との親交を始め、欧米やインドの政治家、富豪、グローバル企業経営者たちに幅広い人脈を持つ。世界の政治、金融、研究の第一線で戦い続けてきた数少ない日本人の一人。
2014年8月、シンガポールにアジアの地政学リスクを分析するシンクタンク「日本戦略情報機構(JII)」を設立。また、国立シンガポール大学(NUS)リー・クワンユー公共政策大学院の兼任教授に就任し、日本の政府関係者やビジネスリーダーに向けたアジア地政学研修を同校教授陣とともに実施する。
著書に『君に、世界との戦い方を教えよう 「グローバルの覇者をめざす教育」の最前線から』などがある。