偏差値30台からハーバードMBA合格! そして米国で最高峰の就職(その1)
~ボリュームゾーンからのグローバルキャリアのつかみ方

2012年07月30日(月) 田村 耕太郎
今回の主役、ボストン在住の古賀洋吉さん

 今回から多様なスタイルでグローバルに活躍しようとする日本の若者たちの姿を追ってみたい。この連載では日本のエリート教育からボリュームゾーンのボトムアップまで、さまざまな課題をみてきた。今回は"偏差値30台からハーバードMBAを手に入れた人物"の体験から学んでみたい。彼こそが"日本のボリュームゾーンから世界的エリートへ"を体現した人物である。おまけにアメリカで誰もがうらやむキャリアを手に入れている。

 百年以上の歴史を誇るハーバードビジネススクールに明治大学から史上初めて入学し、見事MBAを手に入れ、誰もがうらやむキャリアを築いた人物とは、ボストン在住の古賀洋吉さん。自らのブログも「偏差値30台からのハーバード」と銘打っている。

 古賀さんが勤務する、Globespan Capital Partnersは、10人の投資メンバーが11億ドルを運用する米国でもトップクラスのベンチャーキャピタル(VC)。直近ではPalo Alto Networks、Zynga、Zipcarといった世界に名だたる企業の上場を次々に実現し、投資先をアップル、IBM、SingTel等に売却するなど飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

---アメリカでVCとして活躍されている古賀さんですが、高校時代まではどう過ごされていたのですか? 明治大学進学までの過程を教えてください。大学選びはどうやってされたのですか? 偏差値ですか? どうやって情報を集め、どんな情報が決め手で明治大学にされたのでしょうか?

 僕は、直球勝負の父と、頑張り屋の母との間に生まれ、3兄弟の末っ子として東京で育ちました。子供の頃から中学校までよく夢見がちな絵を描いていました。高校では、バスケットボールばかりしていたので、高校3年で受けた試験では総合偏差値が30台でした。普通に入れる大学はないレベルだったので、受験も適当に考えていて、浪人してもよく遊んでいました。




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田村 耕太郎

(たむら・こうたろう) 前参議院議員。エール大学上席研究員、ハーバード大学研究員などを経て、世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で唯一の日本人研究員を務めた。
国立シンガポール大学公共政策大学院名誉顧問、新日本海新聞社取締役東京支社長。
1963年生まれ。早稲田大学卒業、慶応義塾大学大学院修了(MBA取得)。デューク大学ロースクール修了(法学修士)、エール大学大学院修了(経済学修士)、オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了、ハーバード大学ケネディスクール危機管理プログラム修了、スタンフォード大学ビジネススクールEコマースプログラム修了、東京大学EMP修了。
2002年から10年まで参議院議員を務めた間、内閣府大臣政務官(経済財政、金融、再チャレンジ担当)、参議院国土交通委員長などを歴任。
シンガポールの国父リー・クアンユー氏との親交を始め、欧米やインドの政治家、富豪、グローバル企業経営者たちに幅広い人脈を持つ。世界の政治、金融、研究の第一線で戦い続けてきた数少ない日本人の一人。
2014年8月、シンガポールにアジアの地政学リスクを分析するシンクタンク「日本戦略情報機構(JII)」を設立。また、国立シンガポール大学(NUS)リー・クワンユー公共政策大学院の兼任教授に就任し、日本の政府関係者やビジネスリーダーに向けたアジア地政学研修を同校教授陣とともに実施する。
著書に『君に、世界との戦い方を教えよう 「グローバルの覇者をめざす教育」の最前線から』などがある。