復興半ばの石巻、そして官邸前抗議行動の現場から考える「政治はだれのものか」。国民が政治課題の受け手から発信元になる時代へ

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し・・・〔PHOTO〕gettyimages

 政治は、だれのものなのだろうか---。

 大げさな問いかけから始めて恐縮だが、私たちはいまや、その問題に正面から考えてみるべき局面に立っている。政局の解説は、このコラムで何度も書いてきた。見通しが当たったことも外れたこともあるだろう。自分でもよく思い出せないほどだ。だが、日本の政治が抱える問題は、小沢一郎がどうしたとか、内閣不信任案をだれが出すかどうかとか、そんな目先の話ではない。もっと根本的な深いところにある。

 7月19日木曜日、私は1年2ヵ月ぶりに東日本大震災の被災地である宮城県石巻市を訪れた。高台の日和山公園から被災地を見渡すと、かつてがれきの山だった住宅地には雑草が生い茂り、ところどころに残る廃墟のほかは一面が緑で覆われていた。昨年5月に内部に入ることができた石巻一立病院は1階が木材で完全に封鎖され、立ち入りできなかった。正面玄関前には壊れた血圧計と椅子が放置されたままになっている。病院は移転が決まった。

  地元の人々は、けっして政府の復旧・復興事業に満足してはいない。

 「復興作業には矛盾がたくさんある。たとえば昨年11月21日を境にして、それ以前に雇用された人には雇用調整助成金が支給されない。その日に3次補正予算が通って予算がついたので、その前の分はカネがつかないというのです。でも、企業は必死の思いで人を雇ったんでしょう。それがなんで支援されないのか。いち早く被災地によそから本社を移した企業は政府から支援されず、後から来た企業が支援されるという問題もある」(石巻商工会議所幹部)

野田のデタラメと自公の矛盾

 これはほんの一例だ。昨年の大震災と福島原発事故以来、私たちが目撃してきたのは無残な政治の姿だった。

 選挙で国民に約束した公約を平然と破って消費税引き上げに走った野田佳彦首相。一方、衆院解散・総選挙を求めながら、他方で増税の3党合意履行を迫る自民党や公明党。これらをどう整理したらいいのか。

 前者は言うまでもなく論外である。(野田の背信ぶりを確認したい向きは5月25日公開の「消費増税の前に公約違反のけじめをつけろ! 当選前後で主張を180度変えた野田首相の『政治的倒錯』とは」を参照)

 後者についても、約束破りの野田首相が政権を担うのは許せないと考えるなら、あくまで解散・総選挙を求め、選挙でリセットしたうえで、あらためて国民の負託を背に自分たちが望ましいと考える政策を遂行するのが筋道ではないか。

 自公両党は1年をメドに年金や高齢者医療のあり方について、民主党と合意に向けて協議すると確認した。すると、少なくとも1年間は真剣に政策をまとめるための努力をするのが筋道になる。解散してしまえば、合意に向けた協議はいったんご破算だ。合意に向けて協議するなら、解散は当面棚上げせざるを得ない。解散要求と増税政策実現、この2つの道は互いに矛盾する。同時に実行できないのはあきらかなのに、自公両党は素知らぬ顔をして解散と3党合意の履行を民主党に迫っている。

 これでは公約破りの野田首相を責めたところで迫力は出ない。国民は野田のデタラメに呆れているが、野党だって辻つまが合っていない点を見抜いている。石巻の被災者たちにすれば「消費税を上げる算段をする前に、復興の枠組みをしっかり合理的に整えてほしい」という思いであるに違いない。

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