長谷川幸洋「ニュースの深層」
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復興半ばの石巻、そして官邸前抗議行動の現場から考える「政治はだれのものか」。国民が政治課題の受け手から発信元になる時代へ

2012年07月21日(土) 長谷川 幸洋
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そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し・・・〔PHOTO〕gettyimages

 政治は、だれのものなのだろうか---。

 大げさな問いかけから始めて恐縮だが、私たちはいまや、その問題に正面から考えてみるべき局面に立っている。政局の解説は、このコラムで何度も書いてきた。見通しが当たったことも外れたこともあるだろう。自分でもよく思い出せないほどだ。だが、日本の政治が抱える問題は、小沢一郎がどうしたとか、内閣不信任案をだれが出すかどうかとか、そんな目先の話ではない。もっと根本的な深いところにある。

 7月19日木曜日、私は1年2ヵ月ぶりに東日本大震災の被災地である宮城県石巻市を訪れた。高台の日和山公園から被災地を見渡すと、かつてがれきの山だった住宅地には雑草が生い茂り、ところどころに残る廃墟のほかは一面が緑で覆われていた。昨年5月に内部に入ることができた石巻一立病院は1階が木材で完全に封鎖され、立ち入りできなかった。正面玄関前には壊れた血圧計と椅子が放置されたままになっている。病院は移転が決まった。

  地元の人々は、けっして政府の復旧・復興事業に満足してはいない。

 「復興作業には矛盾がたくさんある。たとえば昨年11月21日を境にして、それ以前に雇用された人には雇用調整助成金が支給されない。その日に3次補正予算が通って予算がついたので、その前の分はカネがつかないというのです。でも、企業は必死の思いで人を雇ったんでしょう。それがなんで支援されないのか。いち早く被災地によそから本社を移した企業は政府から支援されず、後から来た企業が支援されるという問題もある」(石巻商工会議所幹部)

野田のデタラメと自公の矛盾

 これはほんの一例だ。昨年の大震災と福島原発事故以来、私たちが目撃してきたのは無残な政治の姿だった。

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