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朝鮮人民軍によるクーデター勃発の可能性大!? ~急激な親米路線に舵を切った金正恩政権の行く末
故金正日総書記(右)とその後継者、金正恩第一書記(左)〔PHOTO〕gettyimages

 7月16日、朝鮮中央通信が打電したニュースは、中国にも衝撃を与えた。

 「朝鮮労働党中央委員会政治局会議が15日に開かれ、組織問題が提起された。会議では、李英浩を健康問題で、朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員、政治局委員、朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長を始めとするすべての職務から解任することを決定した」

 若き後継者・金正恩第一書記(29歳)の「後見人」であり、北朝鮮で実質上のナンバー2だった李英浩総参謀長(69歳)の粛清が発表された瞬間だった。中国国営新華社通信は、直ちに論評なしで報じた。

 中国の外交関係者が語る。

 「今年に入って金正恩サイドからのアプローチ攻勢が続いていた。とにかく一刻も早く訪中したいということだった。『朝鮮の新政権は中国式の改革開放政策を真剣に取り入れようとしている』と強調していた。これに対して、われわれ中国側は、『秋の(胡錦濤から習近平への)政権交代を控えて、お迎えできる態勢にない』という理由で、婉曲的に断ってきた。

 実際は、金正恩が、強硬な朝鮮人民軍を抑えて改革開放に乗り出すには、基盤が脆弱だと見ていたからだ。そもそも先代の金正日総書記は、同じ理由をつけて7回も訪中したが、改革開放などまったくできないまま死去したではないか。

 ところが金正恩は、4月に朝鮮人民軍の強硬派のボス的存在だった金永春・人民武力部長(国防相・76歳)を粛清し、今回また、軍のトップだった李英浩総参謀長を粛清した。この一連の動きは、あまりに拙速すぎる。金正恩は返り血を浴びる可能性が高いと見ている」

朝鮮人民軍の恐ろしさを熟知していた金正日

 今回の粛清劇に対する中国側の見方を、少し解説しよう。

 1994年に金日成主席が死去した時、後継者の金正日総書記は、「儒教の教えに従って3年間の喪に服す」として、一切表舞台に登場しなかった。金正日は、後継者としてそれまで丸20年の準備を行ってきたが、それでも慎重には慎重を期したのだ。

 その間、金日成派の元老たちを、自分に服する者と服しない者に選別し、後者を「序列の低い者から」「公明正大な過失の理由を付けて」粛清していった。そうすることで、20年プラス3年かけて、最重要の朝鮮人民軍を掌握していったのだった。

 掌握した後も、参謀にしていた金永春人民武力相の進言に従い、「先軍政治」(軍最優先の政治)というキャッチフレーズを掲げ、軍に対する敬意と優遇を心がけた。そして、金日成主席が死去して4年経って始めて、公の場に姿を現した。中国を訪問して金正日外交を始動したのは、さらにそれから2年後の2000年5月のことだった。

 金正日総書記が、これだけ石橋を叩いて渡るように歩を進めたのは、朝鮮人民軍の恐ろしさを熟知していたからだった。「軍というのは海と同じで、舟を進めもするが転覆させもする」と言っていた金日成主席の教えを守って、「先軍政治」の道を邁進したのだった。

 中国の外交関係者が続ける。

 「それなのに、軍に何の基盤もない金正恩は、父親が死去して半年余りのうちに、父親の長年のパートナーだった金永春と、自らの軍の恩師である李英浩という軍のトップ二人を、あっさりと粛清してしまった。これは、北朝鮮という船を最高速度で走らせているようなものだ。

 船は最短時間で目的地に達する可能性もあるが、逆に浪に呑まれて転覆する可能性も高い。つまり近未来の北朝鮮は、金正恩の強い意向に従って親米路線を加速化させるが、その間に軍によるクーデターが勃発する可能性も高いということだ」

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