二宮清純「球宴、キャッチャーの魂胆」

 いよいよ今日からオールスターゲームが始まります。62年の歴史を誇るオールスターゲームで最多出場は野村克也さんの21回です。

オールスターでの通算安打数は歴代1位を誇る野村。

 しかし野村さん、オールスターゲームでは、あまりいい思い出がないそうです。その理由は<「バッテリーを組むのがみな、ライバル球団のエース。球種を読まれるのが嫌でなかなかこちらの思い通りのボールは投げてくれない。リードするだけでへとへとになった」>(長沼石根著『月見草の唄』朝日新聞社)ためだったそうです。

オールスター後、格好のカモに

 そんな野村さんにとって格好のカモはルーキーでした。サインを出しても平気で無視するベテランと違い、ルーキーは素直に従ってくれたからです。
1966年、サウスポーからの快速球を売り物とする高卒ルーキーが監督推薦でオールスターゲームに選ばれました。元近鉄の鈴木啓示さんです。試合前、マスクを被る野村さんが、あれこれと探りを入れてきたのは言うまでもありません。

 鈴木さんはこう述べています。
<「サインの打ち合わせで、野村さん、カーブ、ストレート、シュート、フォークと、いろいろ指示した。ワシ、しかし、カーブと直球しかないと、正直に答えた。今にして思うと、ワシの球種を探りにきたんだと思う。あるいは球種がないのを承知の上で、牽制してきたのかもしれない」>(同前)

 オールスターゲーム後、野村さんは鈴木さんをカモにするようになりました。球種が2つしかないことを確認したことで的をしぼりやすくなったのでしょう。無理してシュートでも投げていたら、“野村コンピュータ”には狂いが生じていたはずです。