今こそ「マニフェスト政治サイクル」を立て直そう! 今、求められているのは日本の現実を直視したリアリティのある政策パッケージだ

 前回の「マニフェストは死んだのか?」で指摘した通り、財政合理性の全く無いマニフェストは選挙用の政党宣伝ビラ以下のものだ。むしろ、財政的に全く実現可能性のない政策を、形だけとはいえ財源と期限まで示して国民と約束している分、悪質とも言える。

 あるマニフェスト検証大会に呼ばれた団体代表は「検証に値しないマニフェストを検証しろと言われても困る」とその心境を私に吐露した。また、ある有識者は「検証大会に参加している団体にマニフェストを検証する資格・能力があるかの検証も必要だ」と指摘をしている。

 確かに経済団体や労働組合は、自分たちの主張する政策に各政党のマニフェストが沿っているかどうかで点数を付けている。マニフェストに財政合理性が全く無いのなら「検証不能」と評価をすることが普通の感性だと私は思うが、残念ながらそのようにはなっていない。

 本来、いわゆる既存の「公約」に期限や財源などを明記して具体性をもたせるのがマニフェストであったはずだが、逆にマニフェストからリアリティを失わせた民主党の罪は重い。マニフェストというキーワードだけを利用してその精神を殺してしまった。

 詳しくは次回以降で述べるが、事業仕分けについても同様のことが言える。政権を取られた側の自民党も「マニフェストは詐欺の代名詞!」と批判を強める結果となってしまった。

マスコミの検証などいらなくなる

 マニフェストは死んだのか? 一昔前の「お任せ民主主義」に戻るのか? 私の答えは「NO!」だ。

 国民が政党のぼんやりとした公約(「活力ある経済、安心できる社会保障を作ります」みたいな)を信じて任せていたら、社会の変化に対応した政策転換をはかることもなく、巨額な公的債務と恒常的な赤字体質を作ってしまった。その結果、国家の資金繰りは急速に厳しい状況に陥る可能性が顕在化してきている。今こそマニフェスト政治サイクルを立て直す必要がある。

マニフェストを詐欺の代名詞にするのはもったいない PHOTO Getty images