イジメ問題の解決には学校という組織を企業と照らし合わせて考える必要がある

 私は子どもの頃、父の仕事の都合で、転校が多く、小学校を何度も転校しました。中学生でも1回。

 転校生というのは確実に「異物」なので、イジメの対象になりやすく、イジメ対策が当時の私の主要テーマでした。転校したらまずは周囲の様子を見て、誰が表のボス(学級委員的ななにか)で誰が裏のボス(いじめっ子的ななにか)かを見極める。そして、それぞれのフォロワーをじっと見つめ、自分はどういうポジションを取るか、それを考えるのが重要な作業でした。

 今でも覚えているのは、小学校5年生の時、地方に転校して3日目に起きた事件です。トイレから教室に戻ったらランドセルに牛乳がたっぷり入っていて、私の教科書はすっかり牛乳漬けになっていました。私はすぐに誰が首謀者なのかを理解したので、周囲で笑いが起きる間もなく、そのランドセルを持って行って中の牛乳をその首謀者の頭からかけてしまいました。

 逆上したその子は彫刻刀を持って(なんと運悪く図画工作で彫刻の時間だった)私の目に突き刺しました。咄嗟によけたので、目には当たらなかったのですが、目尻を大きく切って大流血となりました。血が目に入ったので私は目が潰れたと覚悟をしました。先生たちが複数仲裁に入ったのですが、牛乳で真っ白になった男の子と顔面血だらけの男の子が格闘をしていたので、みんな相当驚いたようです。相手を相当殴ったかわりに、私の方も相当殴られた記憶があります。

 翌日からは私をイジメる者はなくなり、その首謀者もおとなしくなりました。眼帯をした私は片目でその彼をいつも睨めつけていましたし。

 私は殴り合いの喧嘩などほとんどした記憶がありません。小学校で1回、中学校で1回程度です。いつも図書館で本を読んでいたりピアノを弾いていたりする子でしたからね。それでも、体も大きく体力もあったので、イジメの対象になることはほとんどありませんでした。もちろん誰かをイジメることもありませんでした。なんというか、よい意味でも悪い意味でも、あまり他人に関心がなかったのです。

 鏡を見ると右目の脇に今でも彫刻刀の傷跡が残っています。年に何回かはその傷を見ながら、相手に牛乳をかける以外の方法はなかったのか、と考えています。

すべての人は投資家である

 大津で起きた中学2年生の自殺事件は非常に残念です。日常的にイジメにあっていて、それが報道を見る限りかなり陰惨で、当人からすればとても辛かったろうと思います。その子が担任に涙ながらに何度か訴えたという報道もあります。そういった報道もあり、世間の憤りの矛先が担任や大津の教育委員会に向かっているのは、よく理解できます。

 しかし、このようなイジメは子供たちの世界だけではなく、大人の世界でも起きていることです。大人の鬱や自殺などの問題も、職場や小集団の中でのイジメに起因しているケースが、かなりの確率であるはずです。同じことが子供の世界に起きるというのも止められないことなのでしょう。

イジメはどこにでも存在するもの、という前提が重要です。教育現場における無謬性(あやまりのないこと)をあまりにも求めすぎると、現場がそれを隠そうとするようになるのは当然です。私たちは教育の現場に完全主義を持ち込んではいけないのだと思うのです。

 私は教育学者ではありません。一介の投資家です。でも、投資家というのはお金を投入してお金を得ている仕事ではなく、広い意味ではエネルギーを投入してより良くなった未来からお返しを少しずついただく仕事だと考えています。その点においては職業投資家(私のようなファンドマネジャー)にかぎらず、すべての人は投資家であると考えています。工場への設備投資や自己投資、教育投資などはもっともリターンの高い行動なのですから。

 ですから私は教育にはとても関心が高いのです。明治大学で10年以上教えていますし、東京証券取引所でも5年近く証券普及の活動を行なっています。このような活動そのものが教育活動でもあり、広い意味での投資だと考えています。投資家的観点からしても、今回のようなイジメの問題は看過できません。なぜならそれは、教育投資の効果を損なう行為だからです。

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