シャープ元幹部が実名で明かす 日本のテレビが韓国製に負けた「本当の理由」

2012年07月17日(火) 週刊現代

週刊現代経済の死角

upperline

 当時は、韓国や台湾のメーカーがある程度の品質で低価格の液晶ディスプレイを猛烈な勢いで売り出し、世界中で支持を集めている時期でした。それでもシャープは液晶事業にさらに集中していきました。その一大事業として、前述した堺工場への投資が実行されたのです。

 しかし、急激な価格低下に対して、シャープの市場予測は脆くも崩れます。そもそも堺工場が得意とする大型ディスプレイは、十分な収益が上がるほどの規模に市場が育っていなかったのです。世界的な液晶パネルの価格下落もあり、堺工場の稼働率は50%ほどという惨憺たるものになってしまっています。部材から最終製品まで全て国内工場で生産するという垂直統合モデルは、「自国至上主義、自前主義」に固執したもので、グローバル時代に適合しなくなっていたのです。

 かつて地上を支配した恐竜は、その巨体ゆえに気候の変動に適応できず滅んでいきました。堺工場もまさに「巨大になりすぎた恐竜」と同じように、市場の環境変化に適応できなかったのです。この巨額の投資負担が、経営の屋台骨を揺るがすことになってしまいました。

 シャープの技術戦略にも問題がありました。従来の3原色のディスプレイを進めて、4原色とした「クアトロン」テレビを発売したのもこのころです。それまで以上の高品位な画像が実現できる、という触れ込みでした。しかし実際にその映像を見ても、液晶のプロである私でさえ、3原色から4原色に変わったことでどれほど画質がよくなったのか分からなかった。このとき私は「顧客志向」の研究・開発が出来ていないと感じました。すでにこの頃は、顧客は品質にほぼ満足し、価格でテレビを選んでいたからです。

 その結果、シャープは、アップル製品の組み立てを受託する世界最大の巨大EMS(受託製造サービス)企業である台湾・鴻海精密工業の出資を受け入れ、この堺工場を鴻海との合弁事業とする苦しい決断を余儀なくされることになったのです。

 同じくパナソニックは、'09年12月に、兵庫県にプラズマディスプレイの尼崎第5工場を建設しました。しかし、'11年10月には生産能力をほぼ半減する方針を出しました。

カネの使い方を間違えた

 では、薄型テレビで、パナソニックの尼崎工場、シャープの堺工場への大型投資を決めた判断は、間違いだったのでしょうか。

 大型の設備投資を決断してから工場が立ち上がるまでは2年くらいのタイムラグがあります。その間に、市場の環境がガラリと変わってしまうというのはよくあること。それほど経営判断とは難しいものなのです。自前主義にこだわらず、グローバル化を考えて、リスクを軽減すべきでした。

 では、日本の家電メーカーの将来はどうなるのでしょうか。

次ページ  テレビ事業に焦点をあてて将来…
前へ 1 2 3 4 5 次へ

このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
関連記事

最新号のご紹介

underline
アクセスランキング
1時間
24時間
トレンドウォッチ
編集部お薦め記事