中国
「皇帝様」 vs 「前代&次代の最高権力者」のガチンコ対決!? 首都・北京を舞台に繰り広げられる仁義なき戦いは新たなステージへ
江沢民派の劉淇(左)から胡錦濤派の郭金龍(右)に譲られた北京市トップの座〔PHOTO〕gettyimages

 民主的選挙などないここ中国では、指導者のポストとは常に、水面下の血みどろの権力闘争の末に、勝ち取るものである。怪物と猛獣ががっぷり四つの戦いを行い、気がついたら「老好人」(無難クン)が漁夫の利を得ていた---今回の北京市トップを巡る争いは、そんな展開になった。

 7月3日、中国の首都・北京に、10年ぶりの地殻変動が起こった。北京市に10年間君臨したトップの劉淇・党委書記が引退し、郭金龍・北京市長(65歳)が、党委書記に昇格を果たしたのだった。

"モンゴルの猛獣"こと胡春華

 話は10年前に遡る。江沢民は2002年秋の第16回中国共産党大会で、共産党トップの総書記の座を、胡錦濤に明け渡した。だがその時、「置き土産」として、子飼いの劉淇を北京市トップに据えた。江沢民は、1995年に「北京のドン」と言われた陳希同・党委書記を追い落として以来、贾慶林、王岐山など、子飼いたちを次々に、首都・北京に送り込んできた。そのいわば"首都制圧"の「完成形」として、自分に絶対忠誠を誓う劉淇をトップに据えたのだ。

 以来この10年間というもの、北京オリンピック利権から、地下鉄利権、空港利権、高速道路利権、中関村(北京のシリコンバレー)利権、文化産業利権・・・などなど、首都を巡る大小さまざまな利権を、劉淇・党委書記は江沢民前総書記に対して、しこしこと献上してきた。この10年間、「皇帝様」として中国全土に君臨してきた胡錦濤総書記だが、肝心の皇帝様のお膝元は、「政敵」に搾取され続けたわけである。

 このため、胡主席としては、この7月に引退が確定していた劉淇・党委書記の後任には、どうあっても自分の子飼いを押し込みたかった。

 胡主席が密かに白羽の矢を立てていた"本命"は、「実の親子以上の仲」と囁かれる"モンゴルの猛獣"こと胡春華・内モンゴル自治区党委書記だった。

 1963年に湖北省の農家の息子として生まれ、79年に弱冠16歳で北京大学中国文学部に入った秀才の胡春華は、83年に20歳で卒業後、当時の中国の国家戦略に則り、チベット送りとなる。1988年に胡錦濤がチベット自治区党委書記として赴任して以降は、チベット自治区共青団書記として、4年間にわたって胡錦濤に仕えた。胡錦濤は、「胡春華を見出したのがチベット時代最大の収穫」と周囲に語るほどだったという。

 だが胡錦濤は、江沢民の横槍が入るのを恐れて、「皇帝様」としての権力基盤を固める2007年まで、約20年間も、"秘密兵器"の胡春華を、「最果ての地」チベットに塩漬けにした。待つ方も待たせる方も、この中国政治家の忍耐力には佩服する。だがその後は、共青団中央第一書記→河北省長→内モンゴル自治区党委書記と、その名前の通り「春の華」のような"王道"を歩かせたのだった。

 胡錦濤総書記は、自分の後継者には、「実の兄弟以上の仲」と言われる李克強・筆頭副首相を据えたかったが、習近平副主席を推す江沢民前総書記と、数年間にわたる権力闘争の末に敗れ去った。そこで、「ポスト習近平」には、何としても胡春華を据えたい。そのために今回、首都・北京のトップに胡春華を抜擢する人事を、密かに推し進めたのだった。

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