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週現スペシャル 名医が明かす「忘れられない患者たち」
「私たちの〝恩師〟は病気と闘う 名も無き患者たちでした」
元国立がんセンター中央病院長、順天堂大医学部教授、肝臓移植のカリスマほか

 患者にとって忘れられないのは、命を救ってくれた医者。一方、医者にも忘れられない人がいる。医師としての姿勢、病気との向き合い方、幸せな最期の迎え方---命に換えて、大切なことを教えてくれた患者たちの物語。

心臓を切り刻んでいった

「届かない命」---順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授は、医者が救えなかった命のことを、こう言う。

 多い年は年間480件の手術を行い、患者の命と向き合ってきた。その中には、日本中が固唾を呑んで見守った、今年2月の今上天皇の心臓バイパス手術もあった。そんな天野教授は、今でも忘れられない患者として、一人の「届かない命」のことを語った。

 その患者は「さっちゃん」と呼ばれていた。天野教授が一人前の医師としてスタートを切ったばかりの34歳、出会いは千葉県の亀田総合病院だった。

「20歳の女の子でした。軟式テニスで国体にも出たことのある健康な女性でしたが、心臓に悪性腫瘍ができている可能性が高かった。内臓に水が溜まり、横になると、苦しくて眠れないほどの状態でした。私がさっちゃんの手術をするちょうど2ヵ月ほど前に、私の師匠が16~17歳の子の心臓腫瘍の手術をしたのですが、腫瘍の取り方が足りなくて病状は改善しなかった。その子は、『死ぬのが怖い、怖い』と言いながら、2週間後に亡くなっていきました。私はそれを目の前で見ていたので、『絶対に妥協できない、肉眼で見える腫瘍を全部取り切らなかったら、この子は生きられないんだ』と手術に臨みました」

 だが、胸を開いて驚いた。予想よりはるかに厄介ながんが広がっているを目の当たりにして、「これはマズいぞ」と思わずにいられなかった。がんの塊は心臓の真裏にあり、心臓壁にくっついている。心臓だけでなく、右足の鼠径部と左の側腹部にも、転移と思われるしこりが確認された。

「どのみち助からない可能性が高いけど、今ここで私が病巣を取らなければ、2週間ほどしかもたない。元気にして帰すには、がんを全部切り取らないとダメだと改めて覚悟を決めました」

 手術では、果敢に心臓を切り刻んでいった。周囲のスタッフの「どうするんだ?そんなに切って大丈夫か」という緊迫した思いが伝わってきたが、「がんを取りきらないとダメだ」という一念でメスをふるい続けた。左心房も全摘、右心房は半分を切除し、がんをすべて取り除き、手術は終了した。

「術後2ヵ月で社会復帰し、本当に元気になりました。その姿を見て、『手術は、人をこれだけドラマチックに変えられるんだ』、そう思いました。ご両親が『本当に治ったんじゃないか』と言われるほどでした。普通に会社に行き、テニスもできるようになっていた。車が欲しいと言って親にシビックを買ってもらい、喜んで乗っていました。私は、『元気になるから、好きなことをやりなよ』と真実を告げませんでした。悪性腫瘍であること、先は短いのだということを、彼女に告げることはできなかった」