小久保裕紀(ソフトバンクホークス)「逆境を愛し、愛されたキャプテン」8度の手術、偉業を目前にして椎間板ヘルニアで離脱・・・苦難を乗り越えて2000本安打達成
こくぼ・ひろき◎1971年10月8日生まれ。和歌山県出身。県立星林高校、青山学院大学を経て、'93年ドラフト2位でダイエー(当時)入団。'04年、巨人へトレード移籍し、'07年にはFA権を行使してソフトバンクに復帰。2000本安打達成時点での通算成績は1997試合出場、410本塁打、1282打点

「打った瞬間、ヒットになるのが分かった。思わず笑ってしまったね。歯を見せながら走ったのは、去年の400号(本塁打)と今回の2度だけ」

 76年も続くプロ野球の歴史でたった41人しか知り得ない、その瞬間の感覚。

 福岡ソフトバンクホークスの主砲でありキャプテンを務める小久保裕紀(40)が6月24日、本拠地ヤフードームでの日本ハム戦でプロ通算2000本安打の金字塔を打ち立てた。

 今シーズンは「名球会入り」ラッシュとなっている。4月28日に稲葉篤紀(39・日本ハム)、5月4日には宮本慎也(41・ヤクルト)が2000本に到達。小久保も今季開幕時点で残り38本まで迫っていたため、記録達成は時間の問題と思われていた。

 だが、達成直後の小久保の第一声は、

「長かった・・・・・・」

 実感が込められていた。王手をかけてから33日。過去に例を見ない難産だったが、それはまた、小久保自身が「奇跡」と表現するほどの復活劇でもあった。

またも抱えた〝爆弾〟

 異常事態が発生したのは5月25日。「1999安打」状態での一軍登録抹消に、誰もが驚いた。しかも、その3日前には5打数2安打の活躍だったからなおさらだった。だが、実は「その試合で腰の痛みの質が変わった」と、小久保は筆者に明かす。今シーズンは開幕前から腰に不安を抱えたまま戦ってきたが、この日になって突如それまでにない鈍痛と痺れとが加わったのだ。

 椎間板ヘルニアだった。先ごろ、城島健司(36・阪神)が同様の診断を受けて手術に踏み切り、現在も慎重なリハビリを行っている。そうした事例からも、症状の重さは想像に難くない。それでも翌日の試合(広島戦、ヤフードーム)に小久保は「6番一塁」でスタメン出場。2000本に挑んだのだ。

「2安打して王手をかけた直後から、球場のチケット売り場にすごい行列ができたと聞いていた。自分の記録達成を見たいだろうし、球場に来る人の中には、その日しか来れない人も当然いるハズ。朝、起き上がるのもホントに辛かったけど、試合に出ると決めて球場に来た」

 結果は無念のノーヒットに終わったが、今季はあまり見せていなかった渾身のフルスイングでファンの期待に応えようとしたのである。

 しかし、ベンチ裏では別人だった。腰を曲げ、すり足でヨチヨチと歩くことしかできなかったのだ。