中国
香港返還15周年 ~イギリス統治の影響が薄れる中で拍車がかかる中国大陸との経済・金融一体化
香港返還15周年記念式典に駆けつけた胡錦濤主席〔PHOTO〕gettyimages

 中国は毎年、7月1日と10月1日の前後に、国威発揚のためのビッグ・イベントを持ってくる。前者は中国共産党創建記念日で、後者は国慶節(建国記念日)である。

 今年の共産党創建91周年記念日には、「3発の花火」を打ち上げた。香港返還15周年記念式典と新行政長官任命式、美人宇宙飛行士・劉洋を乗せた宇宙船「神舟9号」の静止衛星とのドッキング、そして海底探査船「虫交龍」による海底7062m探査の世界記録である。

 このうち今回は、胡錦濤主席自ら香港に飛んだ7月1日の香港返還15周年について述べる。

一国二制でも活性化するヒト・カネの流通

 先週、北京で会った中国のある外交担当者は、「15年前の原点」について、次のように述懐した。

「1995年に米誌『フォーチュン』が、『香港の死』という大特集を組みました。中国共産党が管理する近未来の香港は、自由が奪われ、富が逃げ去り、衰退、滅亡に向かうという予測でした。われわれは主に二つの理由から、そうはさせまいと決めました。一つは、中国経済を発展させるために、香港という世界金融の司令塔を最大限利用したかったこと。もう一つは、香港の自由な統治を実現することで、将来の台湾統一を見据えていたためです。そのため、外交と防衛以外の分野では、原則的に干渉しないことを決めたのです」

 パッテン総督から江沢民主席が「香港統帥権」を引き継いだ時、江沢民主席は、「一国二制、港人治港」(50年間一国二制度を貫き、香港は香港人が自治を行う)を宣言。海運ビジネスで名を成した同じ上海出身の香港人・董建華氏を、初代の行政長官(香港知事)に任命した。

 返還後も、毎年6月4日の天安門事件記念日にはデモを行うことが恒例化していることを見ても、一定の政治的自由は確保されてきたと言えるだろう。今年3月25日には、第4代の行政長官間接選挙が行われ、官僚出身の梁振英氏が当選した。2007年12月の中国人民代表大会常務委員会の決議によれば、次代の2017年より香港行政長官の直接選挙を行い、2020年より香港立法会(議会)の普通選挙を行うことになっている。

 私も先月、久しぶりに香港を訪れたが、一番驚いたのは、書店に足を踏み入れた時だった。この3月に失脚した薄煕来・前重慶市党委書記と谷開来夫人に関する暴露本が、何十種類も山積みになっていたからだ。新聞出版総署という自由主義国家にはない中央官庁が、雁字搦めに出版物を管理している中国大陸から久しぶりに出た私は、「自由な空気とはこういうものか」と実感した次第である。 

 1997年以降、香港には新たなランドマークが次々に建てられていった。国際会議センター(1997年落成)、中信ビル(同)、香港国際金融センター(1998年落成)、香港返還祖国記念碑(1999落成)、香港中央図書館(同)、新太古広場(2004年落成)、友邦金融センター(2005年落成)、セントラル9号港湾(2007年落成)、特区新政府ビル(2011年落成)、環球貿易広場(2011年落成、高度484mは世界4位)などである。

 こうした新たなランドマークを始め、香港の観光スポットには、いまや中国大陸からの観光客が殺到している。昨年、中国大陸から香港を訪れた人の数は、2810万人! これは香港の人口の4倍にあたる。一国二制度でも、ヒトの流動は大いに活性化しているのである。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら