アダム・スミスの「生きるヒント」 第2回
「自由競争の前提に置くべきものとは何か?」

第1回はこちらをご覧ください。

通説 アダム・スミス

 アダム・スミス(1723年、スコットランド生まれ)は、約300年前に生まれた「経済学の父」です。

 よほど頭脳明晰で、鋭い人物かと思いきや、一部には「意外な性格だった」との記録も残っています。「放浪癖があった」「独り言が絶えなかった」「突然、心が『あさっての世界』に行っしまうようだった」など「不思議」な一面があったようです。

 もちろん、あれだけの功績を残している人物ですから、並はずれた思考力と分析力を持ち合わせた天才であることは間違いないでしょう。しかし、見る人によっては、とても頼りない人に見えたに違いありません。同時にとても意外な「欠点」も持ち合わせた人物だったのです。

 前回も触れましたが、アダム・スミスと聞いて最初に思い浮かべるのは「利己主義」「神の見えざる手」というフレーズではないでしょうか?

 簡単に言うと、「スミスの主張」として最初にイメージされるのは、

「人間社会は、政府がいろいろと規制をするよりも、各自が自分の利益だけを考えて行動すれば(利己主義的に行動すれば)、万事うまくいく。なぜなら『神の見えざる手』が働いて、全てが調整されるから」

 というような理屈です。

 要するに、他人のことなど考えずに、市場で各自が自分の思った通りに行動すれば、それが結果的に社会全体のメリットになる、ということです。

 社会全体のメリットになるのであれば、各自は自分の利益だけを追求して行動するのがベスト。他人のことなんて考える必要はありません。なにより、個人の自由な行動を妨げる規制や政府の活動は弊害です。だから、政府は市場へのあらゆる介入をやめるべきなのです。

 このようなイメージが「スミスの経済学に対する通説」です。

 そして特に、自分の利益だけを考えていれば世の中が自然とうまく回っていくという「利己主義」や、市場に任せておけばすべてうまくいくという「市場万能主義」は、言葉だけが独り歩きし、「モラルがない経済思想」「弱者切り捨て論」と大いに批判を受けています。

 それは「誤解」です。

 スミスが「利己主義的な行動が社会全体のメリットにつながる」「自由な市場取引がベスト」と主張したことは間違いありません。しかし、それはあくまでも「ある前提を守った上で」のはなしだったのです。

 スミスが説いた理論に、この前提を加えて考えると、まったく違う世界が見えてきます。

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