「原子力規制委員会」設置法がついに成立した背景で、最後まで続いた「省益優先」官僚の抵抗劇
自らの利権を守るための抵抗を続けた環境省

 独立した原子力規制組織を新たに設置するための「原子力規制委員会」設置法案が6月20日の参議院本会議で可決され、成立した。これまで内閣府にあった原子力安全委員会と、経済産業省の傘下にあった原子力安全・保安院、そして実働頭脳集団であった独立行政法人「原子力基盤機構」という「三層構造」が解消され、その他の機能をも統合・一元化することで、真に安全を第一に考える組織が生まれることになった意義は大きい。

 新組織は、政府がもともと提案してきた「原子力規制庁」とは全く性格を異にするものとなったが、事実上、自民党と公明党が提出した野党案を、政府・与党が「丸飲み」する結果となったのである。

 未曾有の大惨事となった東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、私は、二度とこのような事故を起こさないために、国民の安全を確保できる安全規制のための新組織が必要だと訴えてきた。そのためには、国家行政組織法上の独立行政委員会、いわゆる「3条委員会」として設置し、政府や政治から独立した専門組織にすることが肝心だと考えた。

 当初、「3条委員会」には自民党内にも抵抗があり、「原子力規制組織に関するPT」での審議や党内手続きは難航した。背後に「三条委員会」を徹底的に嫌う霞が関の抵抗があったのは明らかだった。とりわけ、エネルギー官僚からの強い警戒感が感じられた。原子力規制行政が完全に独立すれば、自分のたちのグリップが利かなくなると考えたのだろう。

 しかし、最終的には多くの同僚議員の強力な応援によって、「3条委員会」案で自民党内はまとまり、公明党とも共同で法案を提出することができた。国民の安全を第一に考え、霞が関の工作を振り切るだけの良識と見識が政治にはあったということだ。

 国会で与野党の修正協議が始まると霞が関の最後の本格的な抵抗が始まったが、与党は結局、私たちの案を「丸呑み」した。私は国民の立場で原子力の安全管理を考えるならば、野党案の丸呑み以外にないと信じてきたが、それが現実のものとなり感無量だ。政府・与党からすれば苦渋の決断であったろうが、国民の利益を第一に考えた末の決断として敬意を表したい。

自らの主張を既成事実化する霞が関

 法案成立までの霞が関の抵抗は想像を越えた。官僚の行動原理については「省益あって国益なし」としばしば言われる。私は、国益を第一に考える立派な官僚たちが実在することも知っているし、すべてが省益に凝り固まっているとは思わない。だが、新しい組織を作るとなると、権益拡大という官僚の悪しき習性が頭をもたげてくることも熟知している。今回の官僚たちの権益拡大を目指す動きにはおぞましさすら感じた。

 与野党が提出していた原子力規制組織関連法案の審議をどの委員会に付託するかが前哨戦だった。私は、重要議題なので、連日開催が可能な復興特別委員会で時間をかけて議論すべきだと考えていたが、衆議院環境委員会になった。同委員会には自公民以外の共産・社民・みんななど他の野党の委員がいないのである。何としても権益を握りたい環境省が、自らの土俵に引っ張り込もうとしたのだろう。

 その結果、与野党の実務者による修正協議は、環境委員会の理事だけで行う事となった。気の毒なことに民主党の理事はそれまで原子力規制組織の議論を殆ど経験して来なかったメンバーだった。案の定、議論は終始、原子力安全規制組織準備室の幹部官僚がリードする格好になったという。もちろん、彼は環境省の出身だ。

 そんな官僚の論理に対峙したのが自公案提案者の吉野正芳代議士だった。被災地である福島県いわき市の出身で、私とは法案作成の段階から苦楽を共にした間柄だ。

 そんな吉野議員を怒らせたのが、6月6日に行われた与野党協議で準備室が配布した「論点の整理(案)」と題するペーパーだった。野党理事の要請で作成したと称して配布されたのだが、そこには、野党議員には事前に何も知らされていない「官僚の主張」が、あたかも政治の方針として、既に決定済みであるかのように記載されていた。

 更には、会議後マスコミに同じ極秘資料がそのまま配付され、丁寧なブリーフィングまでなされていた。霞が関が自らの主張を既成事実化するために、組織的に世論を操作する手法はしばしば使われるが、今回も同様だった。

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