この国の政治を再生させるには、国民自らが過去を振り返り、明日への指針を見出していくしかない!
国民が主役であり、つけを払うのもまた国民である〔PHOTO〕gettyimages

 今日の政治は混迷の度を増している。その体たらくに国民は唖然とし、政治不信も極限にまで達している。野田内閣に対して民主党から何人が反旗を翻すか、54人以上か、以下かといった話題が、この一週間の政治欄を賑わせている。まさに政局だからである。

 しかしながら、このあたりで政権交代前後の政治状況から現在までを振り返ってみて、政治がここまで劣化した原因について考察すべきではなかろうか。結局は、「国民が主役」であり、投票行動によって政権交代を実現させた国民が、今や、そのつけを払っているのである。しかし、そのように国民を誘導した人々の責任もまた忘れてはならない。

 私は、安倍、福田、麻生の三内閣で厚生労働大臣を務めたが、医師不足、年金記録、C型肝炎、中国産毒入り餃子、派遣労働、新型インフルエンザなど、山積する問題の処理に追われた日々であった。その詳細は、拙著『厚生労働省戦記---日本政治改革原論』(中央公論新社)に記したが、まさに全力で問題解決に当たった。

 しかし、常に野党やマスコミの厳しい批判に晒された。何とか反論しつつ、実際に一つ一つ問題を解決して実績を重ねてきたが、そのような努力も虚しく、3年前の総選挙で自民党は敗れ、野に下ってしまった。

マスコミが実現させた政権交代

 「政権交代」とか「コンクリートから人へ」とかいうスローガンが実に有効であり、後期高齢者医療制度廃止、子ども手当の支給、最低保障年金の創設などといった政策が有権者の心を掴んだ。そして、その背景には、マスコミ、とりわけテレビメディアの援護射撃があった。政権側を執拗に攻撃し、官僚を悪玉に仕上げていく。

 テレビは思考過程を短縮して善悪二元論で問題を示す。限られた時間内で視聴率をあげるためには、それが一番手っ取り早い。活字は読者が反復して読むことができるので、このような単純化は要求されない。国民の活字離れが進むにつれて、複雑な連立方程式を解くような思考方式はすたれていく。

 悪いのは自民党政権、後期高齢者医療制度、現行年金制度、厚生労働省の役人、といった単純化された説明が、繰り返しテレビで放映される。評論家たちも総動員させられる。そして、このかっ"悪"を退治するための即効薬が政権交代だと洗脳されてしまう。

 もちろん、杜撰な年金記録の管理は批判されねばならないし、医療制度に見られるような政官業の癒着は問題である。カネと票を得るために、政治家が国民よりも業界の利益を優先したり、官僚が自己保身のために既得権益を死守したりすることは、当然のことながら厳しく弾劾されねばならない。自民党がそのような点を改革せずに、族議員たちの跋扈を許してきたことが、政権を追われる原因になったのである。

 民主党の主張が実現可能かどうかはよく分からないにしても、まずは旧態依然たる自民党政権を追放することが大事だ、という考え方が政権交代の原動力となり、夢を語ったマニフェストがマスコミにもてはやされた。マニフェストが実現可能か否かを判断する材料をマスコミは持ち合わせていないし、マスコミに動員されるコメンテーターの知的能力など論外である。

 しかし、政権交代は実現した。要は、悪者よりもユートピア論者のほうに期待したわけである。しかし、この3年間の民主党政権を経て言えるのは、悪も駄目だが、無能もまた国を破滅に導くということである。政権交代は、極論すれば、マスコミが実現させたようなものである。そのマスコミは、次にどのような政権を作ろうとしているのであろうか。

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