スポーツ

二宮清純レポート
三浦大輔 38歳・横浜DeNAベイスターズ
男はいかにして「成りあがる」べきか

2012年06月29日(金) 週刊現代
週刊現代

 彼の長所は〝これがダメなら次はこれ〟と臨機応変に対応できること。研究熱心で非常に修正能力が高い。これには何度も感心させられました」

 本人によれば、実はこの2段モーション、偶然の産物だった。遠投をしている時にバランスが崩れ、足をもう一度上げ直した。すると軸足に体重が乗り、タメができるようになった。

 改良に改良を重ね、'97年には初の10勝(3敗)をあげた。翌'98年は権藤博監督(現中日投手コーチ)の下、12勝(7敗)をマークし、チームの38年ぶりのリーグ優勝、日本一に貢献した。

古田の言葉

 この頃、三浦が最も対戦を楽しみにしていたのがヤクルトの古田敦也である。理論派捕手との読み合い、探り合いが技巧派投手をさらに成長させた。

 古田にも話を聞いた。

「僕は彼から長打を打った覚えがない。ヒットといってもバットの先っぽに当たったライト前かセンター前。とにかく大の苦手でした。

 といって、ものすごく速いボールがあるわけでも、曲がりの大きい変化球があるわけでもない。アウトロー、インローへのボールの出し入れが絶妙なんです。低めのストレートは伸びてくる。しかも腕をしっかり振って投げてくるから、どのボールも最初はストレートに見える。そこから微妙に変化させるんです。これほど球種を読むのが難しいピッチャーはいなかった」

 落合中日の〝参謀〟として8年間で4度のリーグ優勝に貢献した森繁和は'02、'03年と2年間、横浜の投手コーチとして三浦を指導した。ちょうど2段モーションに対する判定が厳しくなってきた時期に重なる。

「その頃、彼は随分、悩んでいましたよ。審判によってボークの基準がまちまちなんだから。バッターが普通に打ちに来ているのに注意する審判もいた。〝それじゃ困るよ〟と僕から抗議したこともあります。

 僕がアドバイスしたのは、ボークかボークじゃないか、とことんやってみろと。ぎりぎりまでやれば基準が見えてくるじゃないですか。

 2段モーションを巡っては、それが原因で何人もの投手がダメになった。しかし、彼はそこから、また立ち直った。それは日頃からの野球に取り組む姿勢にも要因があると思っています。

 というのも、彼はひとつの練習の中に2つ、いや3つの動きを取り入れる。たとえば投げ終わった後、下半身をつくるためにノックを受ける。それも、ただ捕るだけじゃなく、軸足に体重をかけてみたり、一塁に送球してみたりといろいろな動きを入れる。そういうやり方もあるのかと、見ていた僕の方が勉強になったくらいです」

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