キュレーションは情報爆発時代の神になれるのか?

「全能の神」ではなく「公正な神」を

オーディンと二羽のワタリガラス、フギンとムニン〔PHOTO〕gettyimages

「お前たちを見ている!」

 そう叫ぶかのように、咆吼が夜空に響き渡る。少し遅れて、巨大な鳥の羽ばたきの音が闇を払い、太陽を率いるかの如く、二つの影が日の出と共に地上に現れる。

 北欧神話のワンシーン。影の正体は、主神オーディンが解き放った二羽のワタリガラス、フギンとムニンだ。フギンは思考を、ムニンは記憶を意味する。

 オーディンの元を飛び立ったフギンとムニンは、人間たちの行動を監視し、オーディンに世界の出来事を伝えるとされている。オーディンから見れば、フギンとムニンによって世界中の記憶と思考を手に入れるわけだ。

 嵐の神と呼ばれ、戦の神と称えられることも多いオーディンだが、知恵の神としても知られている。あくなき探究心を持つオーディンは、知恵を授けると言われる「ミミールの泉」で、自らの片目と引き換えに叡智を手に入れた。

 古来、世界各地でさまざまな神話や伝説が語り継がれている。その中で神と崇められる存在は、それ単体で万能の存在であることが多い。ギリシア神話に登場する全能の神ゼウス、インド神話の創造神ブラフマー、エジプトに伝わる創造神アトゥム・・・。いずれも人々が崇める対象である「神」であり、絶対的な存在として描かれている。

 しかし、オーディンは思考と記憶をフギンとムニンに頼り、知恵をミミールの泉から授かった。なぜ北欧の人々は、オーディンがその存在だけで「絶対的な神」であるかのように描かなかったのか。

 筆者はこう思う。古代の北欧の人々は、神に「全能の存在」ではなく「公正な存在」であることを求めたのではないか、と。

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