中国
2015年に迫るASEAN統合を見据えた外交戦略の構築こそが日本の生命線だ! ~スーチー女史を迎えた「ダボス会議」に出席して

壇上に上がるアウン・サン・スーチー女史〔PHOTO〕gettyimages

 6月1日朝8時半、バンコクのシャングリラ・ホテルの大広間には、50数ヵ国から集まった約600人のVIPたち(日本からは米倉正昌経団連会長以下、約50人が参加)、それに世界中から詰めかけたメディアが、固唾を呑んで壇上を見守っていた。そんな中、WEF(世界経済フォーラム、通称「ダボス会議」)創設者のシュワブ総裁が、ややもったいぶった調子で紹介の言葉を述べた。

「今日この日を迎えるまで、実に24年の月日がかかりました。1988年に、イギリスから母国・ミャンマーに戻って以降、軍事独裁政権によって、ヤンゴンの自宅での軟禁生活を余儀なくされたのです。1991年にノーベル平和賞を授与された時も、99年にイギリス人のご主人が亡くなられた時も、出国できませんでした。

 それから24年、世界で最も注目を集める女性が、ついに出国を果たし、今日われわれの前に現れました。ご紹介します。アウン・サン・スーチー女史です!」

 舞台左手から、ミャンマーの青空を象徴するかのような薄青色のドレスを身に纏ったスーチー女史が姿を現した。カメラのフラッシュが一斉に炊かれ、会場の全員が、スタンディング・オベーションで迎える。中には目に涙を浮かべている欧米人さえいる。66歳になったスーチー女史は、背筋をピンと伸ばし、うっすらと笑みを浮かべながら、壇上中央に設けられた席に着いた---。

「6億人の統一市場」ASEAN

 「経済界のオリンピック」と称される「ダボス会議」は、毎年1月末に、スイスの寒村ダボスに、世界中の政・財・官・学界の指導者約2400人が集まって開催されている。ところが昨今の中国経済への関心の高まりから、2007年以降、毎年9月に「夏のダボス」を中国で開催するようになった。さらに2008年以降、世界がG20時代を迎えたことから、冬と夏以外にも、世界各地の注目スポットで開催するようになった。 

 今回は、5月31日と6月1日の2日間、初めてバンコクで「ダボス会議」を開催した。

 WEFのハウエル事務局長が解説する。

「アメリカ発の金融危機と欧州危機を経験した世界の指導者たちの間では、アジアこそが次世代の世界経済の中心を担うとの共通認識ができつつあります。そして世界の指導者たちが『未来のアジア』を想い描く時、そこには3つの極(センター)が存在します。第一に、アメリカと並ぶG2時代の超大国である中国(及びその周辺の日本・韓国)。第二に、まもなく中国を抜いて世界最大の人口大国となり、かつ日本を抜いて世界第3の経済大国となるインド。そして第三に、2015年に経済統合する『6億人の統一市場』ASEAN(東南アジア諸国連合)なのです」

 1999年に、世界で初めて16ヵ国が経済統合したEUは、約10年を経た現在、周知のように苦悩の道を歩んでいる。ところがいまから3年後に、ASEAN10ヵ国が経済統合し、「アジアのEU」が誕生するのである。そこで、ASEANは何を目指し、どこへ向かうのかを二日間にわたって議論したというわけだ。

「加えて、世界平和の構築に貢献するというWEFのポリシーに基づき、今回はスーチー女史をお招きしたのです」(同ハウエル事務局長)

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