ザ・プロ野球スカウト いい選手はいい目をしているって、本当です

 目はウソをつけない---何を考え、どんな心理状況に置かれているのか、選手の目を見ればわかるという。目つき、目の色、目の輝き・・・。そこから見えてくる、スカウトが獲るべき「選手」とは。

覚悟があるか、ないか

 当時流行していた太縁の眼鏡---。その奥にある目は、大きく見開かれていました。

「片岡さん、僕を指名するという話、ウソじゃないでしょうね」

 古田敦也とは彼がまだトヨタ自動車の硬式野球部にいた1989年ごろ、初めて会って話したのですが、僕は今でもその時の〈目〉を忘れることができません。なにしろ、33年にわたるスカウト人生で、選手の側から本当に指名するかどうか、これほどまでに強く念を押されたのは、後にも先にも古田だけなのですから。

 確かに、彼は立命館大学時代からとにかくキャッチングがうまくて、スローイングとコントロールのよさで盗塁させない技術も持っていた。投手にとってマイナスになる要素のない捕手なので、各球団のスカウト陣から高い評価を得ていました。ただ、打撃面で力強さが欠けるのが気がかりだった。

 とはいえ、当時のヤクルトにはシーズンを通して任せられる捕手がいなかったので、好守の即戦力捕手を獲る必要に迫られていた。古田自身も、ヤクルトならすぐにレギュラーになれると判断していたのでしょう。

「古田はヤクルトに行きたいと言っていますよ」

 名古屋の知人を介してこう聞いていたからこそ、ヤクルトは古田獲得に向けて本気で動いたのですが、最終的な決め手となったのは、「何としてでもプロでやりたい」という古田の熱意です。彼は大学卒業時、ドラフト指名に備えて記者会見場まで用意しておきながら、どこの球団からも指名されなかった。報道陣や関係者の前で、大恥をかかされた---家に帰り母親から慰めの言葉をかけられると、古田はこらえきれず悔し涙を流したと聞いている。

 そうした経緯もあって、彼が必死の眼差しで「ウソじゃないでしょうね」と口にした時の言葉には、反骨精神が凝縮されていると感じた。その意気込みに応えようと、僕は「何としてでも古田を獲得する」と心に決めたのです。

 実際、覚悟を決めて入団してきた古田の活躍は、私の想像を絶するものでした。彼は打者のしぐさやスイングから狙い球を見極める〈目〉を持っており、攻守にわたってヤクルトをリードしてくれました。大学と社会人を経てプロ入りした選手として初めて2000本安打も達成した。もし古田が入団していなかったら、ヤクルトはどうなっていたのだろうと考えると、背筋がゾッとします。

 こう明かすのは、元ヤクルトスワローズスカウトの片岡宏雄氏(75歳)である。大阪・浪華商業高校時代に捕手として3回甲子園に出場し、2年の時にはセンバツで準優勝。立教大学に進学すると1年春からレギュラーを獲得し、1学年上の杉浦忠や長嶋茂雄らとともに黄金時代を築くなど、輝かしいアマチュア実績を引っさげて'59年中日に入団した。