Closeup 藤原新(ロンドン五輪男子マラソン代表)「鋼の心臓、鋼の肉体」

フライデー
男子マラソン代表3人の中で最速タイムとなる2時間7分台を出した健脚。ロンドンで強敵たちを差せるか

 だが、実現は容易ではなかった。

「実業団に所属していた時は、組織でやっている以上、(上司の)言うことは聞かなければならないという常識くらいは、僕も持ち合わせていました(笑)。でも、ああしましょう、こうしましょうと根回しして、説得してメニューを変えるという手続きが次第に面倒くさくなって。『だったら、自分でやります!』と飛び出しちゃった感じですね。仲間たちには『何を考えてるんだ!』『やめとけ!』と最後の最後まで引き止められました。『いいね!』と言ってくれる人は一人もいませんでしたね。こりゃ説得できないな、説明してもしょうがないと思って、最後はもう『すいません!』と。すいません!で会社を辞めました(笑)」

 当時、まだ交際中だった優子夫人にも反対されたという。

「やめとけばー?ってくらいで、必死こいて止められている感覚はなかったんですが、『週刊文春』がヨメにしたインタビューを読んだら、猛反対したと書かれていましたね。腹の中では凄く(退社を)やめてほしかったんだな、と。あと、『文春』には、実業団時代にレースで得た賞金で『金塊を買い込んでいた』って書かれていましたけど、普通、金塊って言わないですから(笑)。金の積み立てですよ、三菱商事さんの。現金で持っていると、ドンドン使っちゃうんで。換金しにくいものに、と始めたんです」

 周囲に波紋を呼んだ退社だったが、退社の2ヵ月後に出場したカナダのオタワマラソン('10年5月)での優勝が追い風となって、夏にはスポンサーが見つかる。だが、予想外の裏切り行為が彼を襲う。

「'10年の年末頃だったか、スポンサー様の資金援助がストップしたんです。経理システムの異状で支払いが遅れる、と。結局、〝経理システムの異状〟は半年以上続いて・・・・・・その間、ゼロ円生活ですよ。金がいい具合に高騰してくれたから首が繫がったようなモンです(笑)。金は俺を見捨てなかった」

 '11年10月に、未払いのままスポンサーとの契約は解除。藤原は、貯金を切り崩しながら、細々と戦い続けた。

「スポンサーから支払いがあった'10年の末頃までは、たまに実業団からハミ出した人間を居候させてパートナーをやってもらったりしたんですが、'11年は完全に一人。実業団を飛び出した身ですから、なかなか一緒に練習してくれるチームもない。あるチームに頼みに行ったら、『筋が違うだろう』『どのツラさげて』と言われたこともありました。一人での練習だと、スピードが出せないんです。1kmを3分20秒とか30秒になってしまう。3分と3分20秒はあまり変わらないようで、まったく別物です。実業団や玄人の方に3分20秒で走ってるなんて言ったら、『そんな練習やってるんですね』と蔑まれるレベル。自転車で伴走してくれる人がいれば、何とかなるんですが・・・・・・」