迫真の演技で観客を緊迫へと
引きずりこむ---「狂った」女優
女優の近代Vol.7

vol.6はこちらをご覧ください。

 昭和五十五年五月、日生劇場での『欲望という名の電車』で、はじめて杉村春子の舞台を見た。

杉村春子 春子(1906~97)は、代表作『女の一生』で、当たり役・布引けいを947回も演じた

 大学一年、フランス語クラスで一緒になったKさんは芝居が好きで、市村正親が贔屓というので、誘ったのだ。

 今になって数えてみると、当時、杉村春子は七十四歳だった。

 老けているなぁ、とは思ったが、舞台が温まってくるとその迫真に引きずりこまれてしまい、杉村演じるブランチの、自らを散り散りに引き裂いていくような激しさ、その緊迫に引きずりこまれた。

 スタンレーは江守徹だった。

 五〇三回にわたって北村和夫がスタンレーを演じていたのだが、江守徹に役を譲ることになった、と識ったのはかなり後でのことだ。杉村が「ねえ、ねえ、『欲望という名の電車』のスタンレー役に、江守さん、いいと思わない?」と、北村に囁いたというのだ(『杉村春子 女優として、女として』中丸美繪)。

役者に厳しい小津さえ好き勝手に演じさせた

 北村は、文学座の分裂に際して、同期である妻が脱退したにもかかわらず、杉村の相手役を務めるために文学座に残った。にもかかわらず、杉村は江守を抜擢した。「そのときの杉村さんと江守の稽古は見ていられなかった・・・。そういうときはずいぶん勝手な女だと思いましたよ。ちょっと狂っているとしか思えなかった」(同前)。

 その「狂っている」処に私は深く、動かされたのかもしれない。

 席をたった私はため息も出来ないほど困憊し、つきあってくれたKさんは、戸惑うというよりも、困惑しているようだった。女性を連れて見にいくべき芝居ではないな、と私は思った。

 中学から芝居を見だして、『わが友ヒットラー』から『熱海殺人事件』まで、『なよたけ』から『エクウス』まで見たけれど、こんな生々しさを味わった事はなかった。

 とはいえ私は、杉村春子を知らないわけではなかった。

 小津安二郎や成瀬巳喜男の映画でその姿は知っていた。

 今のように、ビデオもDVDもない時代だから、旧作を見るのは面倒だったけれど、並木座や京橋のフィルムセンターのプログラムを丹念にチェックしていれば、お目にかかる事が出来た。小津『麦秋』における息子、矢部謙吉(二本柳寛)と間宮紀子(原節子)の結婚をよろこぶ母としての杉村、あるいは『浮草』での旅役者、嵐駒十郎(中村鴈治郎)との間に生まれた子供(川口浩)を育てながら、十二年間再会を待ちつづける酒場の女を演じた杉村、『東京物語』での美容院を切り回しながら上京してきた両親をじゃけんに扱う長女、そして成瀬巳喜男『流れる』での泥酔する年増芸者・・・そういえば、沢島忠、美空ひばりの『女の花道』では、地唄舞の師匠を演じていた。

 それぞれの演技は、実に達者なもので、役者に厳しい小津が、杉村だけには好きにさせた、という伝説を首肯させる。とはいえ、『女の一生』や『欲望という名の電車』といった舞台での存在感とは、いささか位相が異なってみえる。

 芸者の私生児として生まれ、母の名もよく知らない、と杉村本人が何度も語っている。
養家は裕福な材木商で、女学校に通わせ、東京音楽学校への受験を許した(二度受けて、二度とも落第した)。広島女学院の代用教員をへて、小山内薫の築地小劇場、築地座から文学座の結成に参加した。

 岸田國士、久保田万太郎、岩田豊雄(獅子文六)が結集した文学座だが、看板俳優の友田恭助が戦死し、田村秋子は出演を断った。「軍神」の妻である田村が出れば動員が見込めると東宝の秦豊吉が買いにきたが、秋子の意志は固かった。解散の噂が出たため、杉村たち若手は、自分たちも何かは出来る、という事を示すために稽古をしようという事になったという。稽古場は、銀座のそば屋「よし田」の二階だった。「『あなた好きです』とかなんとか・・・あなた、よくまあやったと思ってね、隣のお客がヘンだと思ったんじゃないかと・・・。(笑)」(『対談 日本新劇史』)

 森本薫との出会いが、杉村春子を救った。

 森本は結婚していたが、春子にとっては何の障害でもなかった(春子は、二度結婚している。最初の夫は、慶応医学部を出た長広岸郎、二番目の夫も医師の石山季彦。夫は二人とも早世している)。

 日本文学報国会が、大東亜五原則を宣伝する趣旨で作家、文学者に作品を委嘱した。

 森本薫は、春子のために『女の一生』を書き上げた。空襲による台本原稿の焼失を恐れた春子、菅文代、新田瑛子は原稿を手分けして四部ずつ写したという。

『女の一生』の主人公布引けいは、春子そのままの女性だった。気位が高く、執拗で、実際的なのに、どこか夢を見ている、厄介な女・・・。

 初演は築地小劇場で行われる予定だったが、三月十日の東京大空襲で焼失してしまったので、四月十一日、東横劇場で初演が行われた。

 杉村春子は、生涯『女の一生』を九四七回演じた。『華岡青洲の妻』が六三四回、『欲望という名の電車』五九四回、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』三六五回、『華々しき一族』三〇九回、押しもおされもせぬレコードホルダーである。

 二十七年間、文学座で杉村と過ごした中村伸郎---夫役が多かった---は、久保田万太郎が春子を評して「杉村春子が柔らかい、例えば母親の情なんか出せるようになったらお終いだよ」と云っていたと記している(『永くもがなの酒びたり』)。

「明治女の美風『もったいない』『はしたない』『行儀が悪い』も古風に過ぎ・・・あの水茎のあと、の字も巧ますぎた。/酒の席が嫌い、バカ話が嫌い・・・。芝居の旅の折など、芝居の後のくつろぎの夜食の席などで、彼女がお茶漬をさらさらと食べて、『お先に』と席を立つと、それから若い女の子たちの声が大きくなるのである。/アンサンブルは舞台の上だけではない筈だが、彼女の過去の数々の不幸が『突ッ張り』という後遺症となり、それが『暗く』『塩辛く』貫いているのか、と憶測するばかりである。/私など目をつぶって、『杉村春子』と声に出してみると、悲壮な舞台姿ばかりが折り重なって見えるような気がする」(同前)

「週刊現代」2012年6月9日号より

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら