中国
中国が尖閣諸島を占領しても、「2005年規定」と「日米安保5条規定」によって、アメリカ軍は傍観をきめこむ!?
いまや自衛隊の3倍の軍事能力を擁する中国人民解放軍〔PHOTO〕gettyimages

 フィリピン沖の南沙諸島に横たわる黄岩島を巡る中国とフィリピンの一触即発状態は、中国が5月16日から8月1日まで「休漁期」としたことで、一段落した。だが一時期は中国が、1979年の中越戦争以来の開戦を決断する一歩手前まで行った---。

 きっかけは、4月8日、フィリピン海軍の巡視船が、黄岩島付近で12隻の中国漁船を発見し、拿捕したことだった。フィリピンは続いて、海軍最大の軍艦「ドルピラー号」を派遣。これに対し中国側は、国家海洋局の「中国海監75号」及び「中国海監84号」を派遣した。そこから1ヵ月以上にわたって、両国の緊張は日増しにエスカレートしていったのである。

 フィリピンと日本はよく似た状況にあるので、この間の分析は、近未来の日本にとって大変参考になる。両国は同じ島国であり、中国と「島嶼」を巡って緊張している。また、両国とも軍事的にはアメリカと一心同体だが、経済的には中華経済圏に吸引されつつあるという共通点も持つ。

「アメリカという大船が守ってれる」

 フィリピンは第2次世界大戦後、日本と同じ反共政策を取ってきたが、1971年の米中関係緩和と70年代前半のオイルショックの影響で、1974年9月にイメルダ大統領夫人が、マルコス大統領特使として北京を訪問。100万tの中国産原油を廉価で購入することに成功し、ここから両国の国交が正常化した。

 フィリピンの昨年の貿易額は1,081億ドルだが、うち中国とが322億ドル(前年比16.2%増)を占める。おかげで昨年は、過去25年来最大の7.6%の経済成長率を達成した。

 昨年8月にはアキノ3世大統領が訪中し、「経済貿易提携5年発展計画2012-2116」を中国と締結している。それによると、2016年までに貿易額をいまの2倍の年間600億ドルにするという。フィリピンバナナは中国人の胃袋に入り、セブ島のビーチは中国人が占拠するという青写真だ。

 このようにフィリピンにとって中国は、経済発展を支えてくれる巨大な貿易相手であると同時に、島嶼の領土を侵される軍事的脅威でもある。まさに日本と同じ悩みを抱えているのである。

 そんな中、今回の中国とフィリピンのチキンレースで、私が特に注視していたのは、アメリカの出方だった。

 そもそもフィリピンという国は、1898年の米西戦争で勝利したアメリカが、アジアで始めて保有した植民地である。その後、日本軍の占領を経て1946年に独立したが、初代のロハス大統領は就任演説で、「わが国は小船に過ぎないが、アメリカという大船が守ってくれる」と述べた。実際、「米比共同防衛条約」を結び、独立後は常に米軍に守られていた。このあたりの経緯も、日米安保時代を築いた戦後の日本と酷似している。

 1991年の湾岸戦争の影響で、中東を中心とした米軍再編が行われたことや、米兵によるレイプ事件が続発し、反米感情が高まったことなどから、1992年に、米軍はフィリピン最後の米軍基地であるスービック基地から撤退した。だが1999年には「米比軍事協定」を結び、合同軍事演習を復活させた。

 2009年に発足したオバマ政権が、「アジアへの回帰」を宣言した時、フィリピンはこれを熱烈歓迎した。同年1月には「フィリピン群島領海基線法」を成立させ、黄岩島及び南沙諸島はフィリピンの国土であると、国内法で定めた。

 2010年7月にクリントン国務長官がハノイで「南シナ海の防衛はアメリカの国益だ」と宣言した時も、一番歓迎の意を示したのがフィリピンだった。

 昨年1月には、第1回米比安全戦略対話を開催し、同年春に南沙諸島海域で中国とのつばぜり合いが起こると、フィリピンは全面的にアメリカを頼った。同年11月にはクリントン国務長官がフィリピンを訪れ、両国の防衛協力の強化を謳った「マニラ宣言」に署名した。

 今年1月にオバマ政権が、今後10年の国防戦略である「アメリカの世界的リーダーシップの維持と21世紀の国防の優先事項」を発表し、「中国包囲網戦略」を明確にすると、フィリピンはまるで植民地時代に戻ったかのように、アメリカに対して従順になった。そして今年の春になって、黄岩島を巡っていよいよ中国と雌雄を決するかという時になると、国を挙げて米軍へのラブコールが起こった。その象徴として、4月16日から27日まで、中国に見せつけるかのように、南シナ海で大規模な合同軍事演習を繰り広げたのだった。

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