ミッテラン左派政権と二重写しの民主党政権
日本の政治不信回復の鍵は野田首相のリーダーシップにかかっている

1981年、第五共和制初の社会党大統領となったミッテラン氏〔PHOTO〕gettyimages

 フランスでは、大統領選挙で現職のサルコジ氏が敗退し、社会党のオランド氏が勝った。17年ぶりの社会党大統領の誕生である。サルコジ氏が進める緊縮政策に対して、フランス国民は「ノン」という答えを出したのである。

 私は、若い頃フランスに留学していたが、フランス政治のダイナミズムに驚く毎日であった。留学中にポンピドー大統領が病死し、ジスカールデスタン氏がその後継となった。そして、1981年の大統領選挙では、社会党のミッテラン氏が、社共連合を基盤に勝利した。 

 日本の現在の民主党政権を見ていると、当時のミッテラン左派政権と二重写しに思えてしまう。ミッテラン氏は、私企業の国有化など社会主義的政策を公約にしたが、結局は実現できず、1986年の議会総選挙では大敗し、保守派のシラク首相が選出された。こうして、大統領は左派、首相は右派という保革共存政権(コアビタシオン)が成立した。

 日本の民主党がバラ色の公約を掲げ政権交代を実現させたものの、現実の壁に阻まれて、結局はマニフェスト違反を繰り返す無様な姿は、政治そのものへの失望を生んでいる。フランスで第五共和制初の左派政権を生んだ1981年の熱気が、次第に失望へと変わっていくプロセスに似ている。そして、次の議会選挙で国民は、保守派に多数を与え、シラク氏を首相にしたのである。

 保革共存政権とは、日本流に言えば、大統領と首相という二つの行政権の「ねじれ」である。日本では、衆議院と参議院という二つの立法権がねじれている。 

 その「ねじれ」をどうやって克服していくのか。フランスの二重行政権について言えば、外交安全保障などは、国家元首としての大統領が担当し、内政は首相が切り盛りするという役割分担ができたので、比較的にうまく乗り切ることが出来た。その後も、シラク大統領の下で、社会党の首相が誕生するという逆の「ねじれ」が生まれたが、同様な役割分担で政治を前に進めている。

 議院内閣制下の日本では、二重の立法権の問題は、フランスの行政権のような役割分担が出来ないので、解決は難しい。フランスの上院、下院の場合、予算案で下院に優先権を与えても、地方分権では上院に優先権を付与するといった工夫がなされているが、これも今後の国会改革の参考となろう。

 現在の日本の国会は、衆議院が優越する予算、首班指名、条約の三点以外は、衆参の権限が平等なので、「ねじれ」で動きがとれなくなるのである。しかし、「ねじれ」は自公政権のときにも経験しており、要は、政権党がどれくらい政治的指導力を発揮するかにかかっているのである。まさに、野田首相のリーダーシップが問題なのだ。

日本は再び富を生み出していけるのか否か

 ところで、フランスでオランド政権が生まれたのは、ドイツのメルケル首相と緊密に協力するサルコジ氏の緊縮政策に国民が不満を感じていたからである。

 国民に節約を迫る厳しい緊縮策は、不人気に決まっている。ギリシャでもその不満が反緊縮を掲げる左派の躍進につながった。連立政権協議が不調だと、再選挙にもなりかねないし、再選挙で緊縮派が勝てる保証は無い。EUのメンバーであれば、一定の緊縮政策は不可避である。ヨーロッパの一員でありたいが、しかし緊縮策には反対というのでは、虫が良すぎる。

 オランド新大統領の政策の成否は、ケインズ的政策で経済成長を実現できるか否かにかかっている。日本でもまた、デフレ脱却策を考える上で、フランスが挑戦しようとしていることは参考になる。日本が再び世界に向かって飛翔し、富を生み出していけるのか否か。それなくしては、内需主導の成長という神話は成立しないであろう。デフレが金融上の現象である以上、その対策は主として日本銀行が行わなければならないが、それのみで問題が解決するわけではない。

 社会保障と税の一体改革の議論が衆議院で始まったが、民主党と自民党で哲学や政策がどのように違うのかはあまり明白ではない。多数派工作のために自分の政策はかなぐり捨てて自民党の政策を丸呑みするというのでは、政権交代を実現させた有権者をあまりにも愚弄することにならないか。社会保障政策こそ、民主党がその独自性を国民に知らしめることのできる最大の分野ではないのか。

 何でも容易に「間違っていました」と謝罪して撤回することは、実現不可能な政策に固執するのと同様に、政治への不信を生むことを忘れてはならない。

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