2012.05.18(Fri)

時代を超えても変わらないものを見つめ続ける限り、
何歳になってもいい仕事はできるんです

コーエーテクモHD 襟川陽一

週刊現代
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 ゲーム『信長の野望』『三國志』などを製作し、日本にシミュレーションゲーム(仮想体験型ゲーム)を根付かせた人物だ。コーエーテクモ社長・襟川陽一氏(61歳)。通の間では、ゲームプロデューサーとしての名前「シブサワ・コウ」と言ったほうが馴染み深いかもしれない。今もなお歴史を題材にしたゲームを中心にヒットを飛ばす同氏の素顔に迫った。

 

時代を超えても
変わらないものを
見つめ続ける限り、
何歳になっても
いい仕事はできるんです
えりかわ・よういち/'50年、栃木県生まれ。'73年、慶應義塾大学商学部卒業後、'78年に株式会社光栄を設立。'09年4月にゲーム制作会社のテクモと経営統合し、コーエーテクモホールディングスを設立。一時は最高顧問に就任し前線を退いていたが、'10年の11月に現場復帰し、現職

英雄

 好きな戦国武将は、やはり織田信長です。三段構えの鉄砲隊で武田の騎馬軍団を破り、楽市楽座を開くなど、破壊と創造を繰り返した点がすばらしい。近世の経済社会の原点にもなった人物だと思います。

前身

 '78年、『光栄』を起業しました。実を言うと、創業当初は染料の問屋だったんです。ゲームを作るようになったきっかけは、妻から30歳の誕生日プレゼントにもらったパソコンです。朝から晩まで、在庫管理やゲームなどに使い続けていたら、すぐにプログラムを覚えました。人と人の相性が大切なように、きっと、私はパソコンとの相性がよかったんですね。

大ばくち?

 振り返れば、人と同じことをしなかったのがよかったんでしょう。当時、ゲームは買うものでなく、プログラムが載った本を見ながらユーザーがそれを打ち込み、そのデータをカセットテープに保存するものでした。私は思いきって『月刊マイコン』という雑誌に広告を出し、自分が作ったゲームをテープに保存し、通販で売った。すると、段ボールに収まらないほどの現金書留が送られてきたから驚きました。通販の広告は白黒2分の1ページで5万円だったことを覚えています。

自己表現

 『信長の野望』は、私がほしかったものを作っただけなんです。当時は2隻の船が出てきてドーンとぶつかるようなゲームしかなかったんですが、私は囲碁や将棋のように戦略を楽しめるゲームで遊びたかった。評価を怖がらず、自己表現した結果、と言えるかもしれません。

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