学校は教師ではなく生徒のためにある---上海の教育現場を視察して感じたこと

 「学校選択制」の導入など橋下徹大阪市長の教育改革が物議を醸している。教育の専門家の中には橋下氏の改革に批判的な人も多い。またメディアも「君が代」を強制的に教員に歌わせることに懐疑的な論調だ。特に「君が代」については、イデオロギーの問題とも絡んでいるようだが、筆者はそれを学校という「組織の規律の問題」と捉える。

 義務教育は躾の場であり、立派に成長していくように人間としての擦り込みを行う期間である。読み書きそろばんに加えて、人への思いやりや礼儀、友人づくりといったことを学ぶ場でもある。こうした人間としての基本を育む場でありながら、それを導くはずの先生の破廉恥な不祥事は相次ぐうえ、指導力は低下している。

 すべての先生とは言わないし、真摯に努力している先生もいる。しかし、社会一般的には先生こそ人間として鍛え直す必要性が高まっていると筆者は考える。指示されたことすらろくにできない「落ちこぼれ教師」も多く、そんな人がまともな指導なんてできるはずがない。橋下氏を支持しているのは、義務教育に通う子どもを持つお母さんたちである、ということを良く聞く。

 本来ならば、学校というマネジメントの単位で、校長のリーダーシップの下、「職員室改革」を行い、教員の指導力を高めていくべきである。たとえば、できない教師の面倒をベテランが見るとか、教員同士で教え方のスキルをチェックし合うとか、教育手法を勉強する「レッスンスタディ」に励めばいい。

 しかし、校長には人事権や予算権すらないのが日本の義務教育の現場の実態であり、教員も自分のスキルや姿勢は棚に上げて、労働者としての権利ばかりを主張する傾向にある。職員室は、使命実行のためのプロとしての規律が働かない組織になっている。「君が代」を強制的に歌わせることが適切か不適切かをイデオロギーの問題として議論すること自体、教育の発展向上にとっては不毛だ。

09年学習到達度調査では上海が1位

 橋下氏が大阪府知事時代に訪れ、教育改革のモデルのひとつとしたのが実は上海の教育だ。筆者も昨秋、教育学者や教員らで結成された視察団に混じって上海の小中学校や上部組織などを訪れ、教育の実情を取材した。その特長を一言でいえば、教育の質の向上のために「規律が働く」ということであった。

 公立であっても校長は経営者の感覚で仕事を行い、現場の教員はプロ意識が高い。「学校は先生のためにあるのではなく、子どものためにある」ということが強く意識されていた。

 経済協力開発機構(OECD)が2000年から3年に一度実施している09年の学習到達度調査(PISA)で、上海が初参加で1位になった。世界のGDPの9割を占める65の国と地域から約50万人の15歳が参加し、「読解力」「数学」「科学」のすべてで上海がトップだった。このことはすでに日本のメディアでも報じられている。

上海市実験学校の正門入口付近(井上撮影)

 筆者が訪れた「上海市実験学校」は、1987年に創設された上海市教育委員会管轄の小中高一貫のエリート校で、こうした学校は中国では「貴族学校」とも呼ばれ、共産党や人民解放軍の幹部、富裕層の子弟が学んでいるとされる。

 中国では小学校(5年)、中学校(4年)、高校(3年)の「5・4・3制」が一般的だが、上海市実験学校は「10年制(小4年、中3年、高3年)」を敷き、早ければ16歳で大学に入学できる。

上海市実験学校の国語の授業風景(井上撮影)

 小学3年生の算数の授業をのぞくと、すでに絶対値やXを使った方程式の解き方を学んでいた。日本では中学生の水準だろう。小学校60人の定員に約2000人が応募してくるという。入学前に小学校で覚える漢字2000字を習得していなければ入試に合格できないほどの難関だ。

 開学当初は応募者がゼロで困っていたが、中国の経済成長と共に高学歴が高年収に結びつくようになったため、受験戦争が始まった。保護者は子どもを一流校で学ばせ豊かにさせたいとの思いが強い。日本の高度成長期と同じである。

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