野球
二宮清純「榎本喜八の伝説」

打撃に“殺気”があった

 この前、たまたま浅草にある老舗洋食店で食事をしていた時の話です。80歳過ぎの老紳士が突然、こちらのテーブルに近付いてきて「あなたは榎本喜八さんを知っていますか?」と私に訊ねました。

 私は「面識はありませんが、お話ししたことはあります」と答え「私が知っている頃の榎本さんはもう現役の最後のほうでした。それでも糸を引くような弾丸ライナーは印象に残っています」と続けました。

 すると老紳士が話を引き取り、「私は最強のバッターは榎本さんだと思っているんです。あんなに凄いバッターはいなかった。打撃に殺気がありました」と思い出を披露してくれました。

 聞けばこの老紳士、元アマチュア野球の審判員でマスク越しに榎本さんのバッティングを観察したことがあるそうです。きっと榎本さんが早実時代の話でしょう。榎本さんがプロに入ってからは、スタンドで何度か観戦したことがあると語っていました。

 周知のようにさる3月14日、大腸がんのため榎本喜八さんがお亡くなりになりました。享年75でした。

 私は今から20年前、『現代』という月刊誌で「日本一の強打者は誰だ」というレポートを書きました。王貞治、長嶋茂雄、張本勲、落合博満らとともに高い支持を集めたのが毎日・大毎・東京・ロッテ、西鉄で18年間に渡って活躍し、首位打者2回、最多安打を4回記録した榎本さんでした。

 たとえば神様、仏様と並び称された西鉄の稲尾和久さん(故人)はこう語っていました。
「対戦した中で最高のバッターは榎本さん。構えたままで見切る、ボールの見切り方が嫌だった。不気味なくらいの集中力を感じましたね。シュートもスライダーもきれいに打たれてしまうので僕は2年目にフォークを投げた。この時だけ打席でガチャガチャと落ち着きなく動いたことを覚えています。でも、ひとりのバッターのために新しいボールを覚えたというのは後にも先にも榎本さんだけでした」