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佐々木俊尚×牧野洋「『当事者の時代』とジャーナリズム」対談 第2回「メディア経営が厳しい時代だからこそ、新聞記者を専門家として育てる仕組みが必要」

佐々木: 日本の場合、一次情報、たとえば政治家や企業経営者に夜回りして聞いてきたというような、一次情報の取材に関しては相変わらず新聞社が強いわけです。でも、逆に言うと強みはそこだけです。役所でも企業でも最近は多くの情報がパブリックになっている、一般に公開されているケースが多い。そうすると、あとは論考とか分析の勝負になってくる。

 そういう観点で記事がちゃんと書けているかというと、日本の新聞というのはいわゆる"枠組み"に落とし込むような記事がすごく多い。自分の頭で物を考えていない。牧野さんが本に書いていますが、たとえば公式発表前日に「明日逮捕」「明日合併」という形でネタを抜くような記事ばかりで、論考や分析を必要としないケースが多いですよね。そうすると、いったいどこに優位性があるんだろう、という話になってくるんです。

 「田中角栄研究」を書いた立花隆さんの言葉で僕が「なるほど」と思ったのは、「私は得体の知れないネタは扱わない」ということです。たとえば、僕らの業界で「二課事件」と呼ばれる、警視庁の捜査二課が扱う詐欺とか汚職のような、その手のネタのまわりには"事件屋さん"のような得体の知れない人たちがたくさんうごめいていて、それがよくわからないチャートを流してきたりして・・・。夜の世界で妙な情報がグルグル回っているわけじゃないですか。

 新聞記者はそういう情報を拾ってきては、検察や捜査二課に持っていったりして「事件」に仕立ていくということをやるんです。ネタの出所もわからないし、そもそも本当かどうかもわからないわけです。そういう得体の知れない人たちと付き合ってネタを仕入れてくるのが新聞記者の仕事だと思っている人が多い。でも立花隆いわく「そんな情報は必要ないんだよ」と・・・。裁判の資料や公式に明らかにされている情報だけをていねいに分析していけば、ジャーナリズムは十分成り立つんだ、ということを書いている。

 実際に「田中角栄研究」も、そういう不確かな情報はいっさい使っていない。本当に地道に登記簿謄本やら何やらを一生懸命取り寄せて、裁判資料も漁って、公にされている情報だけを元手に記事を書いている。そうすると、日本の新聞記者のトレーニングとしてOJTで行われているような夜回りの手法は、本当は役に立っていないんじゃないかと思うんです。

牧野: おもしろいのはアメリカで誕生したNPO報道機関です。彼らはどういう人材を雇っているかというと、データアナリシスに強い人間なんですね。もちろん普通の記者も雇っていますが、それに加えてデータアナリストとしての専門性を備えた記者を雇っていて、じつはそちらのほうが給料が高いんです。

 コロンビア大学のジャーナリスト・スクールの学長は「これからのジャーナリストは回帰分析くらいできなければいけない」と言っていました。つまり統計学です。主に公開データが対象となりますが、膨大なデータを入手して、それを統計学まで使って分析するくらいの能力がなければいけない、ということです。

 最近の話でいえば、「オリンパス事件」について『FACTA』という月刊誌で記事を書いた記者は証券アナリストの訓練を受けていました。日経新聞の証券部に在籍していたこともあり、財務諸表を分析するような訓練を受けたわけです。それがまさに「公開情報を読み解く力」です。実際には非公開情報も使っていたようですが、そういう力が発揮できたということですね。

 アメリカ史上最大級の粉飾決算となったエンロン事件でも、フォーチュン誌の記者が財務諸表の動きをウォッチしていたところ、「何かおかしい」と気がついたということが発端でした。

佐々木: 結局一次情報というものが、必ずしも夜回りだけではなくなってきている。たとえば政府や官庁が膨大なデータを公開している。

 去年の福島原発の事故で問題になったんですが、東電が電力消費量のデータさえもちゃんと出していなくて、やっと出してきたと思ったらPDFファイルだった、と(笑)。「ちゃんとエクセルで出せよ」みたいな話になっている。

 その件をきっかけに、政府が公開するデータはすべて「.xls」の同じフォーマットで構造化されたものを出していこう、ということになってきている。そうすると今度は、そのデータを正しく読み解く力が必要になってきますよね。まさに牧野さんがおっしゃったようなことが、日本でも起こりつつあるんじゃないかと思います。

 新聞社の側にも若干、そういうデータをきちんと扱わなければならないという意識があるんじゃないかと思うんですが・・・。

 僕が昔警察署を担当していた頃に、他社に同じくらいの年代の記者がいて、そいつがすごくできないやつだったんですよ。夜回りが下手、ネタが取れない、ぜんぜんダメ。「事件記者失格だよね」と周りから言われていた。まったく特ダネも取っていなかったんですが、気がつくとそいつが4-5年後に東京本社社会部の調査報道斑のエース級になっていました。

 「なんであんなやつがエースなんだ」と思っていろいろ調べてみると、まったく夜回りをしないで一日中社会部の取材班の部屋にこもってデータを見ているということなんですよ。そういう人材も徐々に現れているということです。本当に情報分析に精通しているのなら、そういうスタイルもアリなんじゃないかと思います。

人材を育てるシステムが必要

牧野: 新聞協会賞も含めて、そういう方向に少しずつ評価軸をシフトしていくというのが重要だと思うんです。

 つい最近のことでいえば、私はコロンビア・ジャーナリズム・レビューというアメリカのジャーナリズム専門誌を購読しているんですが、最新号の特集で経済報道の問題を取り上げていました。その中で1990年代のM&A報道を事例として冒頭で紹介し、特に合併スクープを連発していたスティーブン・リピンというウォール・ストリート・ジャーナルの特ダネ記者に注目しているんです。

 じつは、リピンの過去のスクープを振り返りながら、それを「良い見本」ではなくて「悪い見本」として書いているんですよ。ダイムラーとクライスラーの合併を抜いたり、ケミカルバンキングとチェイスマンハッタンの合併を抜いたり、大型合併のニュースを毎年何本もすっぱ抜いてくる記者として有名だったんですが、彼がやっていたことは平たく言えば「プレスリリースの書き直し」だと言うんですね。

 リピンが書いた記事は、待っていればいずれ明らかになるニュースを1日早く抜いてきて大きく報道するのを特徴としています。彼の記事を受けて合併する両社が記者会見を開くと、他社も追いかけて大々的に報道することになります。企業側にしてみれば合併発表のプレスリリースと2度にわたって大きく報じてもらえた格好になるわけです。新聞広告とは比べものにならないほど効果絶大です。

 リピンが特報した合併は「これで世界最大の自動車メーカーが新たに誕生」などと美化されて報道されました。ところが、それから10年以上たってみると、合併した会社の多くが苦境に陥っています。たとえば、ダイムラーとクライスらは合併解消しています。美化して合併報道していたのは、そうしなければ企業側から合併についての極秘情報をリークしてもらえないからです。

佐々木: 日本の新聞社にいたら今ごろ編集局長ですよ(笑)。

牧野: 出世して編集局長になっていたかもしれないし、新聞協会賞を総ナメしていたかもしれないです。日経新聞も合併を抜いてたくさん新聞協会賞をもらっていますから。でも、結局合併を抜いてくるというのは、先ほど佐々木さんがおっしゃったように、情報をやりとりをしてリークしてもらってくるわけですから、事件報道と同じ構造ですね。

 アメリカでは「アクセスジャーナリズム」といわれて、悪いジャーナリズムの見本とされています。権力にアクセスする、つまり権力に食い込むことにばかり熱心になった結果、記者がインナーサークルに入ってしまうわけです。アクセスを得て情報をリークしてもらう見返りに、権力に都合の悪いことは書かないのです。最近ではウォーターゲート事件をスクープしたボブ・ウッドサードも「アクセスジャーナリズムへ堕落した」と批判されています。

佐々木: 僕は新聞社で事件報道ばかりやっていたんですが、事件が起きるとまずその事件の本筋を追う記者がいるんですね。ネタを取りに行くので「ネタ屋」と呼ばれている。さらにその後ろに解説記事を書いたり、分析する記者がいます。これは軽く扱われて重要視されません。さらにその後ろにもうひとつ「ナンパ記者」というのがいて、その事件が巻き起こした社会的波紋を連載記事にするのが仕事です。

 「ナンパ記者」は一応別格で、良い記事を書く人たちと見なされてはいるんですが、やはり主流ではないんです。主流はやはり本筋の「ネタ屋」のほうで、いかに当局に深く刺さったネタを取れるかが勝負です。そういう記者が最終的には出世するんです。

 ですから、僕がいた毎日新聞でいうと東京社会部の社会部長とか編集局長などは、ほぼ全員本筋でネタを取るのに強かった人ばかりで、もう圧倒的な敏腕事件記者ばかりですよ。そういう人たちが編集局長なり社会部長なりになって、さらには役員になっていくわけです。そこに何のメリットがあるのかというと、「権力との癒着の構造」がビジネスツールになるという、そういう構造になっているわけです(笑)。

 ある意味では自己完結しているわけですが、それでは牧野さんが書かれているようなジャーナリズムの本質とはまったく関係のない話になってしまうんですよね。

牧野: そういうふうに"リーク依存型"の報道ばかりやっていると、当局が発表したことについて、疑問を差し挟んで検証するということがなかなかできなくなります。たとえば、私はたまたま福島の原発事故についての日本とアメリカの新聞報道を見比べる立場にあったんですが、東京で取材していたアメリカのメディアの記者は人数が少なかったはずなのに、それでも「なるほど」と思わせる記事が多かったですね。

 ニューヨーク・タイムズのサイエンスリポーターのウィリアム・ブロードという記者は、30年以上も環境問題や原発問題をフォローしていて、50代か60代のベテラン記者。そういう記者が日本の新聞社にはなかなかいないんです。佐々木さんがおっしゃった「ネタ屋」ばかり重宝して、専門性を育てるという努力をしてこなかった結果ですね。担当をコロコロ変えたりしますし。

 社会部で事件ばかり追いかけていた記者がいきなり原発問題を担当にされ、記者会見で専門用語の洪水を浴びる。そうすると、専門知識がないからで発表された内容を検証できず、発表されたことをそのまま書く以外にない。たとえ紙面に余裕があったとしてもそれ以上踏み込んだことは書けない。「福島原発報道は発表報道のオンパレード」と批判されたのも、記者の専門性の欠如と関係しているのではないかと思います。

佐々木: 専門性ということでは、僕も思い出すと恥ずかしい話が山のようにあります。たとえば、1995年に中華航空機が名古屋空港で墜落して250人くらい亡くなった事故がありましたよね。あのとき僕は、東京社会部の一線の記者だったので、現場に行ったりました。

 発生直後には東京で紙面を作らなければならなかった。しかし、現場にはまだ誰も行っていない。墜落したのはエアバス社の機種だから、その話で原稿を作れということになって、その場にいた宿直の記者たちがみんなして原稿を作るわけです。でも、この「A300-600R」という型番がどんな機種なのか、専門知識がないから誰にもわからないんです。

 しかたないから古いスクラップを見て、そこに「最新鋭機」と書いてあったから、そう記事に書いてデスクに渡したんですが、受け取ったデスクもエアバスの機種のことがまったくわからないものだから原稿をそのまま通してしまった。当然「最新鋭機A300-600Rが墜落事故」という見出しになったわけですが、翌朝他社の新聞を開いてみたら「老朽機」となっていて(笑)・・・。

 よくよく調べてみると、参考にしたスクラップの記事は20年前のもので、20年前の「最新鋭機」だったんですよ(笑)。そういった今から考えると本当にひどい話がたくさんあって・・・。専門性がない記者というのがものすごくあちこちに蔓延しているんでしょうね。

 特定の部署に長くいる人も例外的にはいるんですが、それは会社で数人とか、そのくらいですよね。僕のいた毎日新聞では、長くいるのは皇室担当記者だけでした。

牧野: 日本では長く編集の現場にいる人は論説委員になり、社説を書くと立場になります。社説を書くというのと、第一線で取材して記事を書くのとではまたちょっと違います。例外はあるにしても、50代になっても第一線で働き続けるというシステムが日本の新聞社にはないんです。

 ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルを見ると、50代の経験豊かな記者が第一線で働いていて、イラク戦争なんかでは従軍記者として戦地にも行っています。この本のなかでも書いたんですが、ジュディス・ミラーというピューリッツァー賞も受賞したニューヨーク・タイムズのスター記者がいて、結局この人は「ブッシュ政権の御用記者」ということで業界追放の憂き目に遭いましたが、最後まで第一線にいました。

佐々木: ああ、映画のモデルにもなりましたね。

牧野: ええ。『グリーン・ゾーン』という作品のモデルになった女性記者です。今でこそ批判されていますが、50才を超えていながら従軍記者としてイラク戦争を報道したわけです。そういうシステムが日本の新聞社に根付いていません。15年も働くとだいたいみんなデスクになって、どんなに特定の分野に強い人でも管理職になるか子会社に行くか・・・。いずれにせよ記者卒業です。

佐々木: そうですね。僕は39才で新聞記者を辞めました。辞めた理由はいろいろあったんですが、そのなかのひとつに、40才を超えると現場に残り続けるのが難しい、ということがありました。

 人事部とか総務部に行って2年くらいいて、戻ってきて厚生労働省なんかを1年くらい担当させてもらったら、またすぐに青森や静岡の支局のデスクとか支局長なんかをやらされて・・・。10年をひとつの単位とするなら、そのなかで7年くらいは意にそぐわない仕事をやらされて、残りの3年は少しだけ現場をやらせてもらえる、ということのくり返しになってしまいます。

牧野: 佐々木さんもよくご存じだと思いますけれど、ジャーナリストというのは経験が物を言う世界です。科学者なら20才でかなりの業績を達成してしまうことはあるかもしれませんが、ジャーナリストというのはネットワークや人脈を築いたり、常識的な物の考え方を身に付けたり、20年、30年と経験を積んでいくなかで、だんだんスキルが進化し開花していくものです。そう考えると、日本の新聞社は本来の新聞記者を育てる仕組みにはなっていません。

佐々木: 僕がIT業界を真面目に取材するようになって12、3年経つんですが、以前お酒を飲んでいたとき、ある大手IT企業の広報のいちばん偉い人が、「佐々木さん、本当に日経の記者って困るんですよ」と言うんです。「なんでですか?」と聞くと、「流通担当から突然IT担当に来て、まったく何も知らないから、勉強会を開いたりして一生懸命教えて、3ヵ月くらいするとだんだんわかってくるんだけど、ようやくわかってきたと思った頃にはいなくなって、またすぐに何も知らない人がやって来るんですよ」と(笑)。

牧野: なぜそんな人事が可能なのかというと、新聞社側からしてみると、頭を使わない仕事をやらせているからですね。

 先ほど挙げた例で言えば、オリンパスの疑惑の背景に何があるのかと分析することよりも、記者は「オリンパスの上場を維持するか廃止するか」という一点だけしか気にしていないんです。それがニュースだと思っているからです。「その背後にどういうロジックがあるのか」とか、そこまで考えない。というか、その必要性を感じていない。上場維持か上場廃止か、どちらに転ぶのか第一報を書ければそれでいい、と思っている。それが日本的な特ダネだからです。

佐々木: 先ほど触れた大手IT企業の広報室長も、懇親会とか何だかで各社の記者を集めていっしょにお酒を飲んだりするわけじゃないですか。そういうときでも、技術の専門的な話になると、みんなウトウト船を漕いでいたりするんですが、誰かが「次の社長はどうなるんですか?」みたいな話題を振ると、突然ガバッと起きてくるそうです(笑)。人事とか、そういうことにしか興味がないんですよね。

牧野: 発表報道的な発想ですね。次の社長は誰になるのか、それを誰よりも早く報じるのが大ニュースである、という感覚になっているわけで・・・。

佐々木: 結局、そういうふうにグルグルいろいろな持ち場を回っていくと、専門知識はまったく積み重ならないんだけれども、特ダネを抜くスキルだけは高まっていくんですよね。相手を引っかけて次の役員人事を聞き出すとか、そういう技術だけはね。

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