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佐々木俊尚×牧野洋「『当事者の時代』とジャーナリズム」対談 第1回「なぜ日本の新聞社の報道はここまで残念なのか」

瀬尾: 本日は佐々木俊尚さんと牧野洋さんに来ていただいています。佐々木さんについてはもう皆さん、ご紹介も必要ないと思いますが、牧野さんには「現代ビジネス」で「ジャーナリズムは死んだか」という連載を長く続けていただいています。

 その連載コラムが今回『官報複合体』という本になりまして、講談社から出ています。かなり反響をいただいていて、増刷がかかってすでに2万部出ているということですね。こんなに堅い本がこんなに売れていいのか、というところなんですが(笑)、僕も連載から勉強させていただいていて、毎回原稿をいただくのがすごく楽しみでした。

 現代ビジネスも、新しい時代のジャーナリズムをどう作るべきか、ということを模索しながら作っているんですが、牧野さんのこの本のテーマのひとつは日本の記者クラブや報道の問題で、もうひとつはアメリカのジャーナリズムは今、デジタル化の流れのなかでどういうことをしているのか、という話が出ていて、この辺もたいへん興味深く読ませていただきました。

 今日は佐々木さんとの対談なので、その辺のお話も飛び出すんじゃないかとたいへん楽しみにしています。では、佐々木さん、よろしくお願いします。

佐々木: 牧野さん、今日はよろしくお願いします。では、牧野さんのプロフィールからお話に入りたいんですが、1960年生まれということなので、僕より1才年上ですね。入社は何年でしたか?

牧野: 1983年です。

佐々木: 僕は大学に4年ほどよけいに行っていたので(笑)、1988年の入社なんですが、新聞社では入社年次を言うと何となく雰囲気がわかってしまうところがありますよね。

牧野: そうですね。年功序列というか(笑)。

佐々木: すべてを年次で判断するという・・・。「ああ、ハチサンですか」とか「僕はハチハチですよ」というような感じで、そういうのはいかにも日本の会社だな、というところです。牧野さんは日経新聞に24年間在籍されたということですかね。

牧野: そうですね。24年と数ヵ月です。

日米間の絶望的な格差

佐々木: 日経新聞を辞められた経緯についてはこの本でも触れられていますが、少しその辺のお話をうかがってもいいですか?

牧野: 辞める際にはワークライフバランスの見直しを理由にしていましたが、書きたいことがなかなか書けない雰囲気になっていたこともきっかけになりました。自由に書きたいことを書けないだけじゃなくて、システムとして紙面が硬直的だという点も見逃せません。最近は私に限らず、もっと自由に取材して書き続けたいと思って会社の外へ出て行くというパターンが増えていますね。

 私は会社を辞めた直後にM&A(企業の合併・買収)をテーマにした『不思議の国のM&A』という本を出しました。そこでは新聞記者時代には書けなかったことを書いたつもりです。そのとき、ひょっとしてこれはアメリカの現状とは正反対なんじゃないかな、と思うことがあります。

 ウォーターゲート事件の報道で名を売ったボブ・ウッドワードという大物記者がいます。今はワシントン・ポスト紙を代表するジャーナリストですが、同紙の紙面上でメディア担当記者から批判されたことがあるんです。それは「高給取りのくせに書くべきネタを自分の著書のために温存しているんじゃないか。それをもっと新聞に書くべきだ」という内容なんです。もちろんウッドワードはジャーナリストとしては雲の上のような存在で、私のケースと比較するなんておこがましいのですが、立場がまったく逆だなと思いました(笑)。

佐々木: 牧野さんがすごく重要な原稿を書かれたのに、新聞紙面に掲載してもらえなかった、というような事件があったそうですね。何についての記事だったんですか?

牧野: M&Aについての記事です。少し難しい話になりますが、三角合併、一般的には株式交換と呼ばれる問題です。日本では、外国企業が株式交換を使って日本企業を買収するということが実質的にできなかったんですね。

 「日本は外資による直接投資が非常に少ない。日本を成長させるためには、どんどん外資を呼び込んで国を成長させなくてはいけない」というのが私の意見でした。世界中どの主要国を見ても外資の誘致に積極的ですが、どういうわけか日本だけは誘致活動に消極的なんです。それどころか、外国企業は入ってこないでくれという姿勢だったので、それは少し変じゃないか、と思っていたんです。

 そういうことを記事に書きたかったんですが、当時、経団連が三角合併解禁に反対し、実質的に外資脅威論を展開していました。御手洗潔会長(当時)が解禁反対の急先鋒。経団連から直接・間接に圧力があり、三角合併解禁を支持するような記事は、非常に書きにくい雰囲気がありました。

佐々木: 当時牧野さんは編集委員でしたよね。それで署名入りの記事で「三角合併を解禁せよ」という論陣を張っていた、と。

牧野: 自分で言うのもおこがましいんですが、私自身、三角合併については何年も深く取材していて、社内ではいちばん詳しいと自負していたんです。一度署名入り原稿をボツにされて以降、三角合併については紙面上で実質的に何も書けなくなりました。それまでの膨大な蓄積をアウトプットする場を失ってしまったということです。

佐々木: この本では、「微妙な時期なので預からせてくれ」みたいなことを上司から言われた、というくだりがありますよね。

牧野: あまり赤裸々に語るのもはばかられますが・・・。

佐々木: だって本にぜんぶ書いてあるじゃないですか(笑)。

牧野: 権力側から圧力を受けて報道内容をねじ曲げるというのは、日経新聞に限らずどこの新聞社にも多かれ少なかれあると思うんです。他社の記者から直接そういう話を聞くこともあります。私の場合、辞めた理由は原稿をボツにされたことだけではなく、ほかにもありました。具体的には言えませんが、新聞社にとどまっていてもキャリアの展望が見えなくなりました。

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