ライフ/スポーツ


[プロ野球]
森繁和×二宮清純<前編>「今だから話せるオレ竜の真実」

『参謀』『天才たちのプロ野球』出版記念スペシャル対談

完全試合で継投の舞台裏

二宮: 森さんの『参謀』、興味深く読ませていただきました。一番驚いたのは、岩瀬をベンチ入りメンバーに入れながら、実は試合前に帰らせたことがあったと。相手ベンチに気づかれないようにするのは大変だったでしょう?
: 彼の場合は首、ヒジ、腰といろいろ故障も抱えていたので、ちょこちょこ帰らせました。だけど、岩瀬がいなければ相手の攻撃も変わってしまう。いないとなると、相手は右の代打陣を早めにどんどん使ってきますからね。それだけは絶対にバレないように手を尽くしました。グラウンドに顔だけ出させて帰すとか、バスで球場までは来させても、そのまま裏からタクシーに乗せるとか。試合中も気を遣いましたよ。岩瀬がいないから勝ちゲームでも浅尾(拓也)を早めに出すわけにはいかない。左や右のワンポイントをうまく使って、試合中でも岩瀬不在が分からないようにしていましたね。

二宮: 岩瀬といえば思い出すのは2007年の日本シリーズです。中日が3勝1敗で王手をかけた第5戦。先発の山井大介が8回までパーフェクトピッチングをしていたにもかかわらず、中日ベンチは最終回に岩瀬を起用した。岩瀬はピシャリと3人で抑えて試合を締めくくりましたが、この投手起用には「シリーズ初の完全試合のチャンスを潰した」と批判の声もありました。ただ、私は異様な雰囲気のなかマウンドに上がり、平然と仕事をやってのけた岩瀬を称えるべきではないかと考えたのですが……。
: その通りですよ。二宮さんの『天才たちのプロ野球』でも、その点は触れられていましたよね。僕は野球をよく知っているはずのOBたちが、なぜ岩瀬を褒めてくれないのか不思議でならない。あれはレギュラーシーズンじゃない。日本シリーズの、53年ぶり日本一なるかという大事な場面です。点差もわずかに1点。一番信頼のあるピッチャーをマウンドに送り込むのは当然でしょう。そんな責任重大なところを3人で抑えてくるのは本当に大変なんですよ。

二宮: でも続投か継投か、試合中はかなり悩んだのでは?
: もちろん僕もピッチャー出身ですから、普通なら「我慢して行ってこい」と山井に言いたかったですよ。ただ、この試合を勝つためには山井というピッチャーの特徴も考えなくてはいけない。彼はいい時はいいけど、余計なことを考え出すと終わってしまう。この年はクライマックスシリーズから調子は良かったので最初から先発で使うつもりでしたが、あまり早く本人に伝えると考え過ぎてしまうのでシリーズの勝ち負けの状況を見ながら起用を決めました。第5戦、相手の先発予想はダルビッシュ(有、現レンジャーズ)。正直、負けても仕方がないという計算の下での山井先発でした。本人にも「オマエは5、6回持ったら十分だから。ラクに行けよ。もしうまく行って浅尾、岩瀬につないでくれたら御の字だから」と話していたくらいです。

二宮: なるほど。勝ちを意識せず、リラックスして投げられていたのが、完全試合がちらついてピッチングが崩れるのを恐れたと?
: そうなんです。実はどうせ途中で代えると思っていたので、試合の中盤までは「おい、まだひとりもランナー出ていないぞ。完全試合だ。頑張れ」と激励していましたからね。本当に完全試合をやらせるつもりなら、そんなこと言わないですよ(笑)。

二宮: 加えて本人は試合中にマメを潰していたそうですね。
: はい。それも見ていたので、5回くらいから、どこまで引っ張ろうかと考えていましたね。でも、ずっと0点に抑えていたので動きようがなかったんです。本人も「大丈夫です。行けます。なんとか浅尾、岩瀬につなぎます」と言ってくれた。それで7回が終わった時点で「浅尾、岩瀬につなごうか」と聞いたら、「いや、頑張ります。なんとか岩瀬さんにつなぎます」という言葉が返ってきました。だから、「じゃあ頑張れ。いつでも代える準備はしてあるから」と伝えて送り出しました。8回も3人で抑えて、いよいよ最終回。でも、ここで走者が出てから代えるのは、いくら岩瀬でもしんどい。どうすべきか悩みに悩みましたよ。終盤3イニングの1時間が3時間にも4時間にも感じたくらい。それで本人に意思を確認したら「岩瀬さんでお願いします」と。これでようやく踏ん切りがついた。山井の一言に僕も監督も救われましたよ。

二宮: もし山井が「投げさせてくれ」と申し出ていたら?
: 投げさせました。それは監督とも決めていたんです。「山井が“行く”って言ったら、行かせますよ」と。でも、本人も「代えてください」と言うと思っていました。完全試合目前といっても、打順的にも走者がひとり出たら上位に巡ってくる。一番しんどいところでしたから。