2012.05.03(Thu)

食べ物屋だから食べ物のことを追求する。
ただそれだけ。
この単純さこそが私の力の源です

大戸屋ホールディングス 三森久実

週刊現代
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 定食チェーン「大戸屋ごはん処」を全国に254店舗展開する大戸屋ホールディングス。香港やニューヨークなど海外にも63店舗を出店している。個人経営の定食屋をグローバル企業に育て上げたのは三森久実氏(54歳)だ。

 

食べ物屋だから
食べ物のことを追求する。
ただそれだけ。
この単純さこそが
私の力の源です
みつもり・ひさみ/'57年、山梨県生まれ。'71年に伯父の元に養子に入り上京。帝京高校に入学。卒業後、レストランを運営するフローラフーズに入社。コックの見習いとして、芋の皮むきなどをしていた。'83年に株式会社大戸屋を設立。'11年に持ち株会社化し、会長兼社長に就任。'12年4月から会長職に専任

伯父

 大戸屋はもともと、'58年に私の伯父が開いた、池袋に1店舗しかない大衆食堂でした。私が物心ついた時にはすでに店内も外観も汚かった(笑)。女性がガラッと店の戸を開けた瞬間、びっくりして帰ってしまうほどでしたから。それでも、繁盛はしていました。50円均一メニューなど、当時としては画期的なアイデアを実施していたんです。

暇は大変

 '79年に伯父が亡くなり、私がレストランで働いていた21歳の時、店を継ぎました。毎朝4時に起きて築地へ仕入れに行って、23時まで営業。その後に売り上げを計算し、0時過ぎに帰宅。また4時に起きて仕入れという毎日でした。でも、不思議と大変と思わなかった。人ってきっと、暇な時間がある時ほど、忙しい時間を「大変だ」と思うんですよ。

舌の記憶

 おいしいメニューを作るコツは、舌の記憶を大事にすることです。だから「東京で一番いいマグロを出す寿司屋がある」と教えてもらったら、食べに行き、味を記憶します。すると、うちで出しているマグロのレベルが判断できるようになる。よく社員を連れて外食していますが、ただ飲み歩いているわけじゃないんです(笑)。

プロ

 何でもとことんやらないと気が済みません。幼い頃は本気でプロ野球選手になろうとし、帝京高校に入って、都大会優勝も経験したんですよ。店を継いでからは、ビジネスの勉強のために、いつも松下幸之助さんの本をかばんに入れ、ボロボロになるまで読んだものです。あとはテープ。仕事上の付き合いがある方や、起業家向けのセミナーの講義を録音して何度も聞いていました。

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