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[虎四ミーティング]
錣山矩幸(元関脇・寺尾)<前編>「細身でも強かった理由」

2012年04月13日(金) スポーツコミュニケーションズ

運動が苦手だった少年時代

二宮: 親方は現役時代、細身ながら回転のよい突っ張りと気風のいい相撲で人気を博しました。ソップ体型ゆえに食事面で苦労したこともあったのでは?
錣山: もう大変でしたよ。たくさん食べられるよう努力しましたが、一番ツラかったのが鍋に浮いているアクをすくったものを、どんぶりで毎日2杯飲まされたことです。師匠の指示だったんですけど、アクですからおいしいわけがない(苦笑)。一気にバーッと流し込んでいました。

二宮: それはツラいですね……。ちなみに一番重い時の体重は?
錣山: 120キロくらいです。高校で相撲を始めた時は65キロでした。1年間、やって80キロまで大きくなったので、新弟子検査に合格できたんです。

二宮: 親方のお父さんは先代の井筒親方(元関脇・鶴ケ嶺)。力士の息子として生まれたにもかかわらず、実際に相撲を始めたのは遅かったんですね。
錣山: 最初は全く相撲に興味がなかったんです。2人の兄(元十両・鶴嶺山、元関脇・逆鉾)は小さい頃から「相撲をやりたい」と言っていましたけど、僕は中学までは運動が苦手でした。走るのもダメ。腕立て伏せも腹筋もできない。握力も33キロしかなかったんです。

二宮: 先代から「相撲をやれ!」と言われたこともない?
錣山: ウチの兄弟は全く言われなかったです。むしろ、「稽古場に来るな!」と注意されるほどでしたから。「お相撲さんが一生懸命、仕事しているところをオマエらが邪魔するな!」と。だから僕たち兄弟は全員、自分の意思で相撲を始めました。

二宮: 親子といえども入門すれば師匠と弟子。そのあたりのツラさはありませんでしたか?
錣山: それは意外となかったですね。もともと父親は厳しかったので、最初から親子関係が師弟関係みたいなものでした。実際、相撲界に入っても、息子に厳しく当たることで、部屋の空気を引き締めようとしていましたね。特に一番上の兄は大変だったと思いますよ。

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