暑苦しいけど楽しい
「ファミリー」という哲学

不況に勝つ企業ルポ「世界の山ちゃん」後編

「本日の感想を会長にうかがいましょう」

 司会者からマイクを渡された男は、締めの挨拶をするため壇上に立つと、驚くほどの大声で第一声を発した。

「皆さーん、カイチョーですかぁ!」

 ホールを埋め尽くした従業員は、一斉に「ウォー!」と歓声を挙げた―。

 1月30日、居酒屋「世界の山ちゃん」(以下、山ちゃん)をチェーン展開する「エスワイフード」(本社・名古屋市)は、功績のあった社員やアルバイト店員を表彰する「ヤマリンピック」と銘打たれた式典を開いた。

 創業者であり会長の山本重雄(52)は、ダジャレやオヤジギャグが大好きだ。イベント名だけでなく、締めの挨拶からも、それが伝わる。

自身をモデルにしたマスコットキャラクター「鳥男」と並んだ山本重雄会長(名古屋市中区の本社ビルで)〔PHOTO〕川柳まさ裕(以下同)

 会場の山ちゃん本丸店(名古屋市中区)のホールに各店舗の従業員が集まり、自作のVTRや寸劇を披露して、いかに客を集め、売り上げを伸ばしたかとPR合戦を繰り広げる。

 また、アルバイトの中から選ばれた者が、テレビ番組『料理の鉄人』よろしく、新メニューを披露し、山本をはじめ幹部が試食してチャンピオンを選ぶ「山ちゃんの鉄人チャンピオン」も行われた。こう言ってはなんだが、どれも学園祭を思わせる内容である。

 '09年後半の仕事ぶりを高く評価され、社員に与えられる最高の賞「MVP社員」(名古屋エリア)に輝いたのは、JR名古屋駅に近い駅西3号店(名古屋市中村区)の店長だった高橋広治(31、現・名駅太閤店店長)である。受賞後、マイクを握った高橋は、高らかにこう宣言した。

「山本会長から任された店を、僕は軍隊にします!」

「軍隊」という突飛な言葉と飲食のサービス業という職が結びつかず、少々不穏当にも思えた。高橋に言葉の真意を尋ねると、彼は照れ笑いを浮かべて言った。

「アルバイトに相当に厳しく接して、遅刻や当日欠勤などをさせないよう規律を守らせてきたので、おのずと"軍隊"という言い方になっちゃったんですよ」

 後述するが、高橋は軍隊式に規律を守らせるばかりではなく、アルバイトとの間に、ややもすれば敬遠されがちな熱い青春ドラマのような関係を築く。山本は高橋の仕事ぶりを、こう評価する。

「店長の職は、従業員に認められなければ本物ではない。しかし、これが難しく、大概はナメられてしまう。高橋君は自分で"軍隊"と言うほど厳しく指導しながら、アルバイトに慕われている。現場の強い絆こそ、弊社の最大の原動力です」

 従業員から認められる―。

アルバイト店員の作った創作メニューを試食する山本重雄(右端)。隣は社長で実弟の山本裕志(1月30日)

 この言葉は、山本自身の過去の苦い体験から発せられている。

 前号で書いたとおり、'81(昭和56)年に名古屋市の繁華街の場末、新栄に4坪13席しかない居酒屋を開業した山本は、鶏料理のチェーン店「風来坊」創業者の大坪健庫(80)が編み出した手羽先の唐揚げをまね、味付けを簡略化して「幻の手羽先」とネーミングすることで店を流行らせた。

 そのヒットで売り上げは伸び、開業4年目から毎年1店舗ずつ「世界の山ちゃん」を増やした。しかし、山本は大きな壁にぶち当たった。

 もともと、1億円を貯めて金利生活を送ることを目指して創業した山本である。「経営は経営者(自分)が儲けるための手段」としか考えない当時の山本は、従業員たちから見れば「カネの話ばかりする社長」に過ぎず、魅力を感じさせないどころか、軽蔑の対象ですらあった。

 社員が言うことを聞いてくれない。山本はこの悩みを解消するべく、多くの経営セミナーに参加した。そこで出逢ったのが、注文住宅の設計・販売「東日本ハウス」の創業者・中村功(73、現「NTCドリームマックス」会長)である。

 '69(昭和44)年に岩手県盛岡市で創業した中村は、売り上げ1000億円を超えた'94年に社長を勇退し、翌年から中小企業経営者を対象とした「志功塾」を立ち上げ、全国各地でセミナーを開いていた。山本はそのスタートの年に、名古屋で開催されたセミナーに参加した。中村は、山本の第一印象を振り返った。

「自信を失くしているのが顔にハッキリ表れていて、とても情けない印象でしたよ。『これじゃあ、従業員が付いていかんわな』と思いました(笑)。でも、山本さんには純粋なものを感じたから、私も精一杯、自分の経験を伝えたんです」

誰のための経営なのか

 実績に裏打ちされた中村の言葉は、山本の心に響いたようだ。山本も、中村から受けた薫陶を忘れてはいなかった。

「中村さんがセミナーの冒頭で、『皆さん、経営者の役割とは何だか知っていますか?』と質問を投げかけたんです。参加者は全員無言で私も黙っていました。すると『経営者の役割とは、社員を守ることなんですよ』とおっしゃったんです」

 中村のセミナーでのセリフには、続きがある。中村はこう語りかけたという。

「今は社員を守れなくていいんです。けれど、これからは社員と一緒に『みんなで守り合えるような強い会社をみんなで作っていこう』と語り合いなさい」

 これを機に、山本の中に「自分のためだけではなく従業員のため」という経営哲学が生まれた。社員教育に力を注ぐことが、結局は成功のカギだと理解した山本は、社内で「山ちゃん塾」を開き、自分がセミナーや本などで学んだ人生哲学を従業員たちと共有することを心掛け、徐々に従業員たちの心を掴んでいった。

 中村と出会って3年後の'98年以降、自信をつけた山本は、毎年2~5軒のペースで山ちゃんを新規オープンしていく。自身がモデルの「鳥男」のイラストを看板に取り入れたのも'98年のことだ。

 山本が、ある饅頭屋の社長と名刺交換した際、その社長をモデルにしたイラストが名刺に刷られていた。山本はそれを気に入り、名刺のデザインを手がけた「開運絵師」を自称するグラフィックデザイナー・上村禎彦に連絡を取った。自分の感性に響いたものを即座に取り入れる山ちゃん流が、ここでも発揮されている。

 同年にオープンした栄店(名古屋市中区)の看板に大きく載せると、繁華街では「こいつは何者だ」と一気に評判となった。

名駅太閤店の高橋広治店長。彼の厳しくも熱血な指導に惚れた大学生がエスワイフードへの入社を決めた

 前出のMVP社員・高橋広治に話を戻そう。高橋は、大手居酒屋のチェーン店で10年働いた経験を持つ転職組だ。

 今でこそ経営者・山本に心酔している高橋だが、転職前から山本を「カリスマ」と崇めていたわけではない。面接の際など「看板のキャラに似た社長」くらいの印象しかなかった。

 だが、最初の配属店で働き始めてから時を置かずして、高橋は山本に敬意を抱いた。山本は月に何度も店を訪れては、「幻の手羽先」の調理法を指導してくれ、そればかりか、率先して皿洗いや掃除までこなして他の店舗へと向かったのだ。

「前に働いていた店の社長は、10年間で一度も店で会ったことはなかった。だから、最初に山本社長(当時)が皿洗いを始める姿を見た時は驚きましたね。背広姿で店に入ってくると入り口で背広を脱ぐんですが、その下には真っ白な作業着を着込んでいるんです」
(高橋)

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