[フェンシング]
三宅諒<後編>「出合うべくして出合ったフェンシング」

きっかけは1枚の写真

「うわぁ、かっこいいなぁ!」

 三宅諒がフェンシングと出合ったのは小学校入学の直前だった。その頃、三宅は母親の勧めにより、地元の千葉県市川市のカルチャーセンターにあったスイミングスクールに通っていた。そこでは一つずつ泳ぎをマスターしなければ、次に進級できないシステムになっていた。最初のクロールは難なくクリアした三宅だが、次の背泳ぎでつまづいた。どんなに練習しても、真っ直ぐに泳ぐことができない。「もう、やだなぁ……」。習い始めて1年が経とうとする頃、三宅はスイミングスクールを辞めたくて仕方がなくなっていた。そんな彼の目に飛び込んできたのが、同じカルチャーセンターに飾られてあったフェンシングクラブの写真だった。三宅は剣を突くその姿に一目ぼれした。

 三宅は実はスポーツがあまり得意ではない。特に球技は苦手だった。だが、公園などで棒切れを振り回して遊ぶことは大好きだった。いわゆる“チャンバラごっこ”だ。気に入った棒があると、自宅に持ち帰ることもしばしばで、よく両親から注意を受けていたという。そんな三宅少年にとって、剣を振り回すフェンシングに魅力を感じても不思議ではなかったのだ。

 とはいえ、彼がフェンシングに本当の意味で魅力を感じるのは、もう少し先のことだ。フェンシングクラブで三宅が楽しみにしていたのは友人との鬼ごっこだったという。
「とてもアットホームなクラブで、最初の3年間くらいはフェンシングの練習をしたことなんかあったかな、というくらい(笑)。とにかく友達と鬼ごっこをして遊んでいましたね。試合での勝敗なんか、意識したことなかったですよ」