日銀、インフレ目標導入へ政策転換
ひとまず市場好感で円高是正と株価上昇[金融]


インフレ目標導入へ政策転換を迫られた日銀の白川方明総裁(写真は11年10月の記者会見)

 日銀は2月に開いた金融政策決定会合で「中長期的な物価安定の目途」という見解をまとめ、当面は1%の物価上昇を目指す事実上の「インフレ目標」を導入した。この会合では、国債などの資産を買い入れる「基金」を10兆円増額する追加の金融緩和策も決定。日銀の対応に市場は好感し、株価上昇と歴史的な円高の是正につながった。日銀の「政策転換」がひとまず功を奏した形だが、物価が低迷する「デフレ状態」が長引く中、目標とする物価上昇を実現する道のりは依然として険しい。

 インフレ目標は、中央銀行が望ましい物価水準を予め示し、その実現に向けて金融政策を行う手法だ。実際の物価が目標より高い状態なら金利を引き上げたり、市場に出回る資金の量を少なくして物価の下落を促す。逆に物価が低ければ、金利引き下げなどの金融緩和を実施し、目標とする物価水準に近づける、といった具合だ。88年にニュージーランドが採用して以降、カナダ、イスラエル、英国、スウェーデンなど20カ国以上が導入。デフレに苦しむ日本と違い、初期に導入した国々はインフレを抑えるのが目的だった。

 日銀も06年3月、「中長期的な物価安定の理解」という見解を発表し、望ましい物価水準を示している。具体的な文言はその後、微修正され、今年1月の段階では「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、中心は1%程度」と表現。ただ、これは目指すべき目標ではなく、あくまで金融政策決定会合のメンバー(総裁、副総裁、審議委員)が「物価が安定していると『理解』している」物価水準という位置づけだ。市場などでは従来から「『理解』が物価目標なのか、単なる目安なのか分からない」「1%と、2%のどちらを目指すのか不明」などの批判がくすぶっていた。

 これまで日銀が「目標」設定に慎重だった背景には、「過度なインフレを招かず、一定の物価上昇を実現する有効な手段は乏しい」との考えに加え、「物価だけに着目して金融政策を行えば、バブル経済の発生・崩壊など、経済全体に大きなひずみを生じさせてしまう」との懸念があったためだ。それでも日銀が重い腰を上げたのは、米連邦準備制度理事会(FRB)の対応をきっかけに、日銀への批判が高まった点がある。

 FRBは1月25日、実質ゼロ金利政策を「少なくとも14年終盤」まで継続する方針を決定するとともに、長期的な物価上昇率の目標(Goal)を2%とし、事実上のインフレ目標を導入した。外国為替市場では「米国の超低金利政策が長期化する」との観測が広がり、金利面での魅力が低下したドルが売られ、円高・ドル安が進行した。

 2月1日には円相場が一時1ドル=76円近くにまで3カ月ぶりの円高水準を記録し、政府・与党から「日銀がFRBより金融緩和に消極的なため、円高を招いている」との批判が噴出。国会審議でも白川方明総裁の責任を問う声が相次ぎ、「日銀包囲網」が形成されるなかで、日銀は2月14日の金融政策決定会合で、事実上のインフレ目標導入と追加緩和に踏み切った。

 日銀は「『物価安定の目途』は、消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあり、当面は1%」との見解を発表。そのうえで「当面、1%を目指す」と断言し、その実現が見通せるまで実質ゼロ金利政策などの超緩和策を継続する方針を明示した。

「目途」という、あいまいな言葉を使ったのは、「物価だけを見て機械的に金融政策を行うべきではない」という従来の考えを反映させたため。ただ、「物価安定の目途」の英語表記は「The Price Stability Goal」となっている。日銀はFRBと同様、目標という意味を持つ「Goal」という単語を採用し、事実上のインフレ目標を設定した。

 2月の決定会合の事前予測では「金融政策は現状維持」との見方が強かった。このためインフレ目標導入と追加緩和をセットで打ち出した日銀の決断は、市場に〝サプライズ〟と受け止められ、株価の大幅な上昇と、円安・ドル高をもたらした。日銀は3月13日の金融政策決定会合では、成長分野向けの超低利貸出制度を2兆円増額し、5・5兆円とすることも決定した。

 その直後には日経平均株価が7カ月半ぶりに終値で1万円の大台を回復し、円相場も1ドル=84円台まで円安が進んだ。株価上昇などの背景には、欧州債務危機への懸念後退と、米国経済の回復期待があり、日銀はこうした「市場環境の改善」の流れをうまく後押ししたと言える。

依然厳しい目標達成

 日銀の「政策転換」は好スタートを切ったが、肝心の「1%の物価上昇」を実現するメドは立っていない。日銀がゼロ金利政策を導入した90年代末以降、消費者物価はマイナスを記録する年が多く、1%を超えたのは世界的な原油高に見舞われた08年だけ。少子高齢化や巨額の財政赤字に苦しむ日本では、将来への不安から個人消費が手控えられ、「国内市場が縮小する」との懸念を背景に企業の設備投資も低迷。「供給」が「需要」を上回るデフレ・ギャップが常態化し、物価が上がりにくい状況から抜け出せていない。

 今回の日銀の政策が日本全体の需要を底上げする保証はなく、日銀自身の物価見通し(今年1月時点)でも11年度は0・1%のマイナスで、12年度のプラス0・1%、13年度のプラス0・5%とも、目標の1%とは開きがある。

 インフレ目標の典型例とされる英国では2%の物価上昇という目標(Target)を掲げているが、昨年の物価上昇率は4~5%台と目標を大幅に上回り、目標自体が形骸化している。目標をなかなか達成できないのは、景気下支えのため金融緩和を続け、物価の低下につながる金融引き締め策に踏み切ることができないためだ。物価上昇を抑えたい英国と、物価を押し上げたい日本では経済環境は異なる。しかし、「目標を掲げても、それを達成するための『処方箋』を見いだせていない」点で、両国は共通している。

 日銀が「1%」の目標を掲げたことで、政府・与党内では日銀に目標達成を迫り、追加の金融緩和を求める声がさらに強まることも予想される。来年4月に任期満了を迎える白川総裁は引き続き、難しい政策運営を迫られそうだ。

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