雑誌
奄美大島沖漁船転覆事故生還した漁師が語った「人喰いザメとの死闘」
スクープ・インタビュー「イテッと思って足を触
ると肉がなかった」「両手でぞうきんを絞るよう
にして殺した」
はえ縄で駆除したイタチザメ。上顎に18~26本、下顎に18~25本の歯があり、鋸のように肉を切り裂く

「サメに嚙みつかれると、みんな痛みに耐えかねて『やられたっ!』と叫ぶ。それで仲間が喰われたことが分かるんです。僕は脚を4ヵ所ほどやられました。痛いと思ってパッと触ったら、肉が抉れている。でも、その時は痛みを気にしている余裕などありませんでした」

 奄美大島(鹿児島県)にある病院の個室で、村田勉さん(44)は上半身だけをベッドから起こし、〝恐怖の一夜〟からの生還劇を語ってくれた。

23日に東シナ海沖で転覆した春日丸。右舷から高波を被って海水が入りこみ、船首を空に向けて縦に沈んだ

 3月23日、鹿児島県奄美大島沖の東シナ海で、村田さんら6名を乗せた同県喜入町漁協所属のはえ縄漁船「春日丸」が高波を被って転覆した。当時の波高は2~2.5m。午後3時20分頃に遭難信号を発信した春日丸は、ものの5分で波濤の中に横倒しになったのだ。

 転覆直後、6名は救命いかだに乗り移ったが、無情にも少しずついかだの空気が抜けていく。北川勝人船長(46)と下池力さん(40)はいかだを諦めて浮き輪や木などに摑まって漂流。村田さんら4名(松山和則さん=46、佐々木弘さん=46、松井章彦さん=45)はブイやロープで互いの身体を繋ぎあい、逆巻く波の中でバラバラにならないように必死でもがいていた。

 荒波に揉まれているうちに漁船からどんどん遠ざかり、次第に北川船長と下池さんも離れていく。そして、どう猛なサメがウヨウヨ生息する海域に入りこみ、命を懸けて死闘を繰り広げることになったのだ---。

 23日の深夜になって、第10管区海上保安本部(鹿児島市)の巡視船「かいもん」が漂流している村田さんらを発見。その段階では波間に2名の姿しか確認できなかったため、海上保安官3名は定員5名のゴムボートで救出に向かった。だが、村田さんらに近づき、4名いることが分かると、海上保安官は定員オーバーになるため「救助を2回に分ける」と伝えた。しかし、体力が著しく落ち、一刻の猶予もなかった村田さんらが4名一度に救助するように頼み、海上保安官も応じたという。

 4名はゴムボートに乗ったが、巡視船に引き上げる際に大きなうねりを食らい、松山さんと佐々木さんが波濤の中に姿を消す。海上保安官1名も海に投げ出されたが、すぐに引き上げられ無事だった。

 一方、北川船長と下池さんは転覆から約15時間後の24日午前6時17分頃、第11管区海上保安本部(那覇市)の巡視船「くだか」の潜水士が発見、救助された。

 本誌が村田さんに話を聞いたのは救助から4日後のことだ。その後、現場海域で松山さんの遺体が発見されたが、28日現在、佐々木さんの行方は分かっていない。佐々木さんは宮城県気仙沼市出身。4年前から出稼ぎに来ていたが、東日本大震災で自宅が全壊し、今年の正月も帰省せずに家族に仕送りを続けていた。

「足先をやられた!」

 村田さんのベッドの脇には松葉杖が一本置かれていた。下半身には布団が掛けてあったが、布団からのぞく右ふくらはぎの包帯が痛々しい。九死に一生を得た海の男は、どう猛なサメとどう闘ったのか---。

「まだ自分の体調が良くないこともあり、海保にも事故調査委員会にも詳しいことは話していないので、あまり話せないのですが・・・。サメに喰われた脚の傷は、曲げたりすると痛みますが、伸ばしていればだいぶ楽です。今は痛み止めをもらって堪えています。昨日はリハビリも試したんですよ。何とか歩けるんですが、『まだ安静にしていたほうがよい』と言われたので、今は静かにしています。

 なぜ僕たちにサメが寄ってきたのかは、よく分かりません。ただ、荒波にさらわれて海に落ちたあと、僕と佐々木さんはブイや漁の道具が脚に絡まるから、ズボンを脱いで泳ぎ、上半身しか服を着てなかったんです。下半身が裸だったから、サメが寄ってきて、僕と佐々木さんだけが集中的に狙われたんだと思います。松井君と松山さんはズボンを脱がなかったから、露出していた足先しか嚙まれていないんです。サメは食べられる所か食べられない所なのか分かるんでしょうね。衣類を嚙まれた人は誰もいない。

 結局肌の露出が多かったから狙われたということでしょう。佐々木さんは7ヵ所ぐらい嚙まれたでしょうか・・・。僕の記憶では松井君も1回、松山さんも1回嚙まれていたはずです。『どこやられた!?』と聞くと『足先をやられた!』と叫んでいた。水揚げした魚がサメに嚙まれている姿を見ることも多いのですが、マグロなんかは皮膚が固いからピンポン玉くらいの大きさにしか抉られないんです。でも、僕はイテッと思って脚を触ると、野球の軟式ボールくらいの大きさで肉がパックリと無くなっていました。人間の皮は柔らかいから・・・」

 村田さんらを襲ったのは現場海域に生息するイタチザメの子供である可能性が高い。東海大学海洋学部・海洋生物学科の堀江琢講師が解説する。

「子供の頃は1mくらいの大きさですが、成体になると小さい個体で2~3m、大きな個体は7mにも達し、海ガメを甲羅ごとバリバリ食べるほどどう猛です。日本近海では八丈島や小笠原諸島、石垣島周辺に多く生息しており、オオメジロザメやホホジロザメと並び、人間を襲うサメとして知られています」

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