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佐々木俊尚×田原総一朗×80年代生まれの若者4人第一回「公共が壊れていく時代をぼくたちはどう生きていくのか」
21世紀の生き方第二弾

佐々木: 前回「21世紀の生き方」と題して好評だった企画の第二弾を、今回はシェアハウス「トーキョーよるヒルズ」で行います。この現代ビジネスの座談会はいつも講談社の会議室でやったんですが、今日はシェアハウスでコタツに入って行うという変わった形でやっています(笑)。

 前回は、今回ご出演いただいている高木新平さんのプロデュースでノマド的な生き方をしている5人の若者に話を聞くという企画をやって、たくさんの人たちに反響をいただきました。前回の話は、これからの新しい生き方が生まれてきていますよ、ということで、企業に属さずしかも従来のフリーランスとは違う形でどうやって生きていくのか、というお話でした。

 それはすごく強い生き方というわけではなくもっとゆるいものです。前回の対談のなかで玉置沙由里さんという方が「山下清みたいなフリーランスというのもいいんじゃないの」と言っていたように、「ゆるい生き方も可能なんじゃないか」という新しいこころみがどんどん生まれてきている。そういう選択をする人たちがどんどん出てきているよね、という話をしたんです。

 ただこの前の議論で少し話題になったのは、「でも、それってできる人しかできないじゃないか」ということです。すべての人がそういう生き方ができるわけではない。会社に属さないと生きていけない人もたくさんいる。あるいは、いわゆる従来の社会的弱者といわれる人たちはどうするのか、という問題があります。そういう人たちを全部取り残しておいて、それでノマドだとか言って、自分たちだけやりたいようにやるぞ、という生き方は本当にいいのかどうか、という議論が、ここ最近のノマド論においてはずっと言われていることなんですね。

 これはノマドの問題に限らず、以前から「社会的な包摂性」というテーマでいろいろな人が語っていて、内田樹先生や宮台真司先生とかも語っていらっしゃる。つまり、従来の農村や戦後の企業社会のような、いわゆるムラ的な中間共同体が、ついに何百年ぶりかで日本の社会から消滅しつつあります。そういう状況のなかで、われわれははたして中間共同体なしで生きていけるのかどうか。

 ノマドという考え方は「もう中間共同体なんか要らないじゃないか、直接社会と向き合おう」という考え方の一つなのかもしれません。一方で、そんな生き方をすべての人ができるわけではない。だったら、そこでその社会的な包摂みたいなものをどうやってこれから維持していくのか、ということをキチンと考えなければいけないんですね。

 ただ他方では、今はまだ企業に属して終身雇用に守られている人たち、年齢でいうと40代から50代の人たちは、そんなことを考える必要はないわけです。ちゃんと企業年金ももらえるし、終身雇用で定年まで大丈夫でしょう、という状況。ところが今の20代から30代半ばくらいまでの層にとっては、多分自分たちが老後を迎えたりシニア層になる頃には、そもそも年金ももらえるかどうかはわからない、終身雇用も多分崩壊しているだろう。さらに言えば、日本のビジネスとか産業界そのものが本当に今のような豊かさを維持できるかどうかもハッキリわからない。

 ご存じのように、ITやエレクトロニクス産業も大崩壊している状況のなかで、日本社会の先行きは非常に不透明感を増しているわけです。そういうところで、もう一回ゼロベースで立ち返って、これからの社会について、企業に頼るというやり方ではなく、われわれ自身で社会の包摂性のようなものを取り戻すことは可能なのかどうか、ということを議論しなければいけない時期になってきているんですね。

 今日お集まりいただいたのは、この前の個人のノマドの生き方を実現している人たちとはちょっと違って、やっていることはノマドかもしれないんだけれど、さらにもう一歩進んで、これからの社会の包摂性、あるいは新しい形の中間共同体というものについてどういうことができるのか、ということに取り組んでいる4人の若者たちに集まっていただきました。

 今日は田原総一朗さんにも来ていただいています。まず一人ずつ自己紹介で「こんな活動をしています」というお話を5分くらいずつしていただいて、そのあと田原さんにどうお感じになったかということで、上の世代からの意見としておうかがいしたいと思います。では、慎さんから。

個人の評価がセーフティネットになる

慎: 僕は30才ですからこのなかでは一番年齢が上で、81年生まれです。僕は普段は投資ファンドで働いていまして、いわゆるサラリーマンと同じでお金を稼がなければいけないということで普通に働いているんですが、週末と平日の夜中を使ってNPOをやっているんです。

 そのNPOは「Living in Peace」という名前で、貧困削減のための活動をいろいろやっているんですが、二つ大きな活動をしていて、一つはカンボジアやベトナムで「マイクロファイナンス」というものをやっていて、以前はそういった途上国の貧困層の方々がお金を借りることはできなかったんですが、そういう人たちにお金を貸す信用組合があってそれに投資をするファンドが日本には一つもなかったので、証券会社さんより5日くらい早く日本で初めてのファンドを作りました。

田原: 大和証券より早く?

慎: さすがによくご存じですね(笑)。

佐々木: 途上国のファイナンスに日本から投資しているんですか?

慎: そうです。個人のお金を集めて投資をするもので、ミュージックセキュリティーズという会社といっしょにやっているんです。今四つめのファンドが出ていて、これが終われば合計1億円が投資されていることになります。

田原: 一つ聞いていいですか。なんでみんな何も信用がないあなたにお金を投資してくれるんですか?

慎: なんでですかね?(笑)

佐々木: それはいわゆるクラウドファンディングとは違うんですか?

慎: それに近いです。マイクロファイナンス機関、たとえばカンボジアなどにある信用組合を応援したいと思った人たちが、個人でインターネットを通じて大体一口3万円くらいからお金を投資してくれるんです。

田原: それは一種のNPOなわけですよね。でも投資するのならNPOじゃないんではないですかね?

慎: NPOでもファンドを作ることはできるんです。投資をするのはNPOではなく個人の投資家さんたちで、普通のサラリーマンの方や年配の方などいろいろいらっしゃいます。

田原: マイクロファイナンスはバングラデシュのグラミン銀行なんかが有名だけど、貧乏な国で投資すると返ってこないのが当たり前でしょう。なんであなたがやっているのは返ってくると信用されているんでしょうか?

慎: バングラデシュでもマイクロファイナンスの返済率がすごく高くて、95%以上なんです。現地の人たちがお金を返すいちばんの理由は、今日の話のテーマともつながるかもしれないんですが、コミュニティの力なんですよね。日本でも江戸時代に頼母子講があったり、二宮尊徳も五常講をやっていましたが、ムラ社会的な共同体が非常に強い社会だと、お金を借りてそれを返さないと周りの人に迷惑がかかってしまうんです。

 だからみんな一生懸命に返すわけです。コミュニティの力もしくはソーシャルネットワークといってもいいとのですが、ネットワークをお金を返す力に組み換える仕組みがすごいんじゃないかと思います。

 そういう活動を海外でしていて、国内でも同じように自分の金融の力を活かして何かできないかな、と思って、児童養護施設の活動をしているんです。児童養護施設というのは、昔は孤児院と呼ばれていたところです。今は虐待や親の貧困が理由で子どもたちが3万人くらい親と離れて暮らしています。

 児童養護施設の子どもたちの大学進学率は今も10%くらいで、5人に1人が高校を中退してしまうような状態にあって、それにはいろいろな問題があるんですが、やはりお金が必要だということで、僕たちは寄付を集めることをやっています。ちょうど最近、児童養護施設に関する本も書きました。そういった形で、海外ではマイクロファイナンスへの投資事業、国内では児童養護施設への寄付の事業というような活動をしています。

佐々木: では、イケダさん、お願いします。

イケダ: 僕は86年生まれで、多分高木新平君の一つ上だと思います。フリーランスで「ブロガー」と名乗っていますが、もう少しわかりやすく言うと、講演や執筆活動、あとはIT企業などの企業の新規事業立ち上げ支援などのビジネスをやっています。ただ、今言った仕事は僕の業務時間の半分くらいで、残り半分は慎さんと非常に近いんですが、僕もNPO活動みたいなことをしています。

 僕のほうは直接ではなく中間支援の立場で、現場で活躍されている方々の取材記事を書いて、もっと多くの人に彼らのような素晴らしい活動をしてもらう手助けをしたり、あとは、一応マーケティング・コンサルティングのスキルを持っているので、ソーシャルメディアみたいなものを彼らにコンサルティングして、彼ら自身が自らもっと情報発信できるようにしてあげる、というような支援をしています。

 なんでそんなことをしているかと言うと、僕はまさに公共の崩壊という問題に非常に関心を持っているからです。知人から聞いた話だとアメリカの一部の地域では消防車を呼んでも来ないような地域があるそうです。そこまで極端ではないにせよ、日本でも少なからず同じような状況になっているわけで、僕は個人的には年金はもうもらえると思ってないから、寄付のつもりで払っているんです。いまのような公共は多分崩壊するでしょう。それに対してどうやって僕らは立ち向かって行くか、個人として生きていかなければならないか、というところに関心があるんですね。

 そういうノンプロフィットの活動は、実験的な意味合いが強いんですが、信頼資本というか評価を得られるわけです。その評価がある意味で僕のセーフティネットになる。たとえば僕が年間で1000人の人を支援すれば、もしも僕が死にそうになったときに多分みんながお金をくれると思っていて、1千万円くらいの医療費だったら自分でまかなえてしまう、自分のコミュニティでまかなうことができる、と思っています。

 それはたしかに強者のためのセーフティネットにしか過ぎないとは思いますが、それが少しずつ広がっていくとか、もっとプラットフォームが整ってきてもう少しやりやすくなる状況が作れると思うので、今は実験的な意味合いでノンプロフィットの活動をしながら、もちろんそれは僕がやりたいことでもありますし、いわゆる評価経済的な評価資本を蓄積するような生き方を試みています。

田原: その評価経済って何ですか?

イケダ: インターネットの世界で最近よく言われている言葉で、資本主義的なお金を稼ぐというような形ではなく、評価を基準にするような経済ですね。そういう評価経済的な生き方を実験しています。

佐々木: それは自分が評価を高めることによってコミュニティが生まれ、そのコミュニティが徐々に広がっていく、というようなイメージですか?

イケダ: イメージ的にはそういうものですね。

佐々木: 自分の活動をすることが、直接公共になっていくということですか?

イケダ: まさにそういうことです。自分が何らかの評価を得るためには多少利他的なことをしなければいけないので、それによって自分の周りで公共圏が作られていくと思います。そういうものがゲリラ的に発生していって、後ほど西田さんが詳しく説明してくれると思いますが(笑)、「新しい公共」と言われるものを作っていくんじゃないかと思います。

佐々木: 自分自身がモデルケースになるようなイメージですかね。

イケダ: そうですね。これからそういうスタイルで生きていく人が増えていくんじゃないかと思います。

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