ゴルフ
オーガスタのトリック

文/舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

不思議な決まり

 マスターズには奇妙な決まりがある。「走ってはいけない」という決めごとだ。

 たとえば、プレーを終えた選手たちをクラブハウス前で取材し、大急ぎでメディアセンターへ戻るとき、早く原稿を書かなければという思いに駆られるメディアは、ちょうどそこが下り傾斜になっていることも手伝って、ついつい走ってしまう。

 すると必ず、グリーンのジャケットを羽織ったオフィシャルがどこからともなく現れて、「Don’t run.(走るな)」と告げにくる。

「このオーガスタでは、走ってはいけません」

 マスターズ委員会の権威が絶対的であるこの場所には、「走るな」以外にも不思議な決まりがいろいろあり、中には「なぜ?」と首を傾げたくなるものもある。

 だが、他の決まりはさておき、この「走るな」という決まりにだけは、何か深い意味合いを感じずにはいられない。

去年は暴走したローリー・マキロイ。今年は、早歩きで優勝か? 写真/平岡純

 「Don’t run.」は、オーガスタに棲むと言われる魔女の囁きのように思えるからだ。

 振り返れば、魔女はいつだって勇んで走り出したプレーヤーにワナを仕掛け、暴走をスローダウンさせたり、ときには完全にストップさせたりしてきた。その様子は、あたかも彼女が「オーガスタでは、そんなふうに闇雲に走ってはいけませんよ」と告げているかのようだった。

 昨年大会で最終日の後半に大崩れしたローリー・マキロイの敗北ぶりは、その典型だった。

 初日から首位に立ち、2日目、3日目と独走体制に入ったマキロイは、2位に4打差で迎えることになった最終日の前夜などは、ゴルフのみならず心まで暴走気味だった。

 両親を北アイルランドの自宅に残してやってきていたマキロイは、オーガスタ近郊に借りた民家に故郷の友人たちを数人呼びよせ、マスターズ初優勝の前祝いよろしく、夜な夜なサッカーボールやラグビーボールと戯れ、大騒ぎ。近隣住民から「うるさい!」とお叱りを受けたほどで、そのお叱りは、オーガスタの魔女からの最初の警告だったのかもしれない。

 サンデーアフタヌーン。最終組でスタートしたマキロイは、前日までとは打って変わって前半から短いパットをボロボロ外した。それもまた「先走る心を鎮めなさい」という魔女からの再度の警告。

 だが、どうしても「Don’t run.」を聞き入れることができないマキロイの心の暴走に愛想をつかした魔女は、「もうダメね」と業を煮やし、とうとう、あの10番で、彼のティショットをホールの左側の民家の庭まで持っていき、彼の暴走にストップをかけた---。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら