牧野洋の「ジャーナリズムは死んだか」
2012年03月29日(木) 牧野 洋

大新聞が報じなかったオリンパス報道でFACTAが雑誌ジャーナリズム大賞受賞。「エンロン事件」に通じるアナリスト経験のジャーナリストが体現した企業モノの「調査報道」

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 3月30日、「雑誌ジャーナリズム賞」の第18回授賞式が開かれる。毎年編集者有志によって選ばれる大賞には、「新潮45」2011年11月号が掲載した政治家・橋下徹の研究とともに、「FACTA」が手掛けた一連のオリンパス疑惑追及記事が選ばれた。

 FACTAのオリンパス報道は、「重要であるにもかかわらず放っておけば埋もれかねないニュース」を伝えた点で調査報道のお手本といえる。20年にわたって同社が隠していた巨額損失の実態に迫ったのである。海外の主要メディアも相次ぎ追いかけ、国際的なニュースになった。

 記事を書いた山口義正は、オリンパスの実力者だった菊川剛ら経営陣に食い込むことで特報をモノにしたのだろうか。結論から言えばノーだ。FACTA編集長が現代ビジネス上でのインタビューで答えているように、リーク依存型取材とは正反対の報道を展開してオリンパス疑惑を報じたのである。

 経済誌などでは、特定の企業を取り上げて特集にするいわゆる「企業モノ」が多い。たとえばトヨタ自動車を特集すると仮定しよう。編集長から「今回はとても重要な特集だから徹底的に取材しろ」とハッパをかけられたら、誰に取材したらいいだろうか。

 単純化すると、ステークホルダー(利害関係者)別に5パターンある。1.トヨタ経営陣2.トヨタ従業員3.トヨタ車オーナー4.トヨタ株主5.トヨタ取引先---だ。言うまでもないが、バランスの取れた特集にするには5パターンの組み合わせが望ましい。

 ところが実際の報道現場はちょっと違う。トヨタ経営陣数十人にインタビューできれば、たとえ従業員らに一切取材していなくても、おそらく編集長から「食い込んでよく取材した。これならいい特集になる」などと言われるだろう。もちろん一般化できないが、当たらずとも遠からず、である。

 なぜなら、個人的にも四半世紀にわたって記者生活を続けるなかで、実際にそんな場面を何度も目撃し、自身でも経験してきたからだ。トヨタ特集ならば、会長や社長らとのトップインタビューを取れれば、それだけで特集の半分は完成したも同然。逆に言えば、トップインタビューを取れなければ、特集は成立しない。

 トップインタビューにこだわり過ぎると、「トヨタ公認特集」になりかねない。編集長から「何としてでもトップインタビューを取ってこい」と迫られれば、記者は「絶対にいい記事を書きますから、社長に取材させてください」となどとトヨタ広報部に言い寄りたくなる。「いい記事」とは、トヨタ経営陣に喜んでもらえるような記事という意味だ。

 記者が「トップインタビューは断られましたが、トヨタ従業員100人に取材しました」と宣言したらどうだろうか。それでも編集長から「社長に取材しない特集なんてあり得ない。従業員に取材しても会社の戦略は分からない。偏った内容になる」と一蹴されるかもしれない。

 だが、社長ら経営陣が語ることこそ真実なのか。経営陣にだけ取材して書いた特集も「偏った内容」なのではないのか。

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