重力とのケンカは、こんなにもおもしろい。

カムイロケット/全長3.9m、重さ約34kgのCAMUI200Pハイブリッドロケット。2010年3月の打ち上げ実験に使われたもの。

 宇宙開発とは、上を目指し続ける世界より軽く、より高く、より遠く、より速く・・・。つねにモアしか求めない世界を生き抜く植松さんの「覚悟」を聴こう。

 ゴーッという轟音をあげて、鮮やかなオレンジ色の炎が噴き出す。目の前で行われるロケットエンジンの燃焼実験に、見学者から「おおー!」と歓声があがった。

 燃焼実験が行われたのは、国の研究施設ではない。民間企業の敷地の一角だ。北海道赤平市。札幌から特急と在来線を乗り継いで1時間半のところに、「植松電機」はある。リサイクル用機器の製作・販売で、シェア9割を誇る会社だ。地元高校出身の若者や、近隣の企業から転職してきたベテランら20人の社員が、通常業務と並行して宇宙開発を手がけている。

「役職とか部署ははっきりとは決めていません。リサイクルの機械を作って、ロケットを開発して、人工衛星を作って、無重力実験をして、農業機械の開発をして・・・やりたい人がやりたいことをやっています」と、専務の植松努さん。

 北海道大学の教授とタッグを組み、ポリエチレンを燃料とするロケットを作った。世界に3つしかない「微小重力実験施設」は社員が設計し、敷地内に建てた。ロケットの小型化を想定した小型の人工衛星も開発中だ。

「僕らが今、とりあえずの目標としているのは5キロ程度の小さな衛星を積んだロケットを次から次へと打ち上げること。衛星に使われる技術とか部品の安全性を確かめるために、たくさん飛ばしたいんですよ」

 宇宙開発が始まった頃は、使われる技術もトライとエラーを繰り返してきた。だが発展するにしたがって、国が巨額の費用を投入するからには安全で確実なものを、という考えが主流になり、何よりも過去の実績が重視されるようになってしまった---。常に最先端の技術が集合しているように見えていた宇宙開発の現場は、当たり前の技術が集合する、さびしい状況になっていたのだ。

世界に3つ(ドイツに1つ、岐阜県に1つ)しかない、微小重力実験塔が赤平の空にそびえる。

「僕らのロケットを使って、新しい部品が『ちゃんと動きますよ』というお墨付きを出し続けられれば、と」実績を作れば、新しい技術が入る可能性がぐっと広がる。だがたくさん飛ばすとなると、気になるのは1回の打ち上げにかかるコスト。

「1千万円くらいでできると、おもしろいですよね」かなり現実感のある数字。

「製品の開発と考えると、納得できる金額じゃないかと。今の一般的な打ち上げコストの百分の一くらいだと思います」 

 植松さんは、日常の延長にあるできごとのように、こともなげにロケットの打ち上げについて語る。「1千万円か・・・」思わず自分が具体的にロケットを飛ばすことをイメージしてしまうほど、宇宙開発が近づいてくる。

「実際、ロケットって今は簡単に作れるんです。科学は、もう発達しちゃってるんですよ。昔は手に入らなかったカーボングラファイトなんかの材料も、今は通販で普通に買えるし、センサーもすごく安くなっている。最先端の科学技術の追求は学者にお任せして、僕らは普及した技術を使って、おもしろいことをどんどんやればいい。この前、10万馬力くらいのエンジンが完成したんですよ。それを3本くらい束ねたら宇宙へ届きます。もうひと声です」

宇宙開発は「どうせ無理」をなくすための手段です

NASAなど海外からも研究者たちが実験に訪れる。施設の設計から建設まで手がけたベテラン社員が丁寧に説明。

 宇宙開発にかかる費用は、本業のリサイクル用機器の販売で稼ぐ。稼いだら、どんどん注ぎ込む。もちろん今のところ、宇宙開発での儲けは、ない。それどころか、他の施設では1回100万円も使用料がかかる微小重力実験塔も、無料で研究者たちに使用してもらっている。

「宇宙開発は僕にとって、あくまでもやりたいことのための手段ですから」

 やりたいこと、とは「どうせ無理」という言葉をなくすこと。「あらゆるビジネスも、社会もだめにする恐ろしい言葉ですよね。だから、わぬ夢〞の象徴である宇宙開発を僕がやって見せれば、その言葉をなくせるんじゃないかと思ったんです」 

 誰もが憧れる宇宙。でも、誰もがあきらめてしまう宇宙---。

55mの高さまで実験装置を入れたカプセルを釣り上げ、落とすことで3秒間の微小重力状態を作り出す。

「星も雲も虹も、きれいなものはたいてい上にあって、子供の頃はみんな上を見ていたと思う。でもそのうち周りから『宇宙開発なんてよっぽど頭がよくないとね』『ものすごく巨大な予算がないとね』って言われるようになって、みんないつの間にか上を見なくなる。下ばっかり見て何も考えずにできることだけやっていたら、景気だって悪いままです」

 上を見ることは、「よりよく」を追求することだと、植松さんは言う。「よりよく、というのは人間が生き残るための手段として持っている、大事な欲求のような気がして。それを忘れてはならないんじゃないかと思う」宇宙開発は、まさに「よりよく」の世界。

「重力とケンカして上を目指し続ける。より軽く、より高く、より遠く、より速く・・・常にモアしか求めない世界ですからね」

「闇夜の素振り」を続けなければ、夢は叶わない

 自身も幼い頃から「どうせ無理」という言葉を何度も浴びてきた。にも拘かかわらず、その言葉にひきずられることがなかったのは、「飛行機やロケットを作った人の伝記を読み過ぎたからかもしれません(笑)」。「伝記って、普通は古い時代の話でしょう。だから自分とリンクさせて考えられないものが多いんですけど、この分野の伝記はほぼ同時代の話なんですよね。10年前のことがもう伝記になっていたりもする」

 そこに書かれているのは、新しいことにチャレンジしようとして「どうせ無理」に何度も直面する人たちの姿。

「でも彼らは必ず『だったらこうしてみたら』と考えるんです。口に出すと、ヘリクツ言うな!って怒られますから(笑)、心の中で思って、ただ、実行すればいいんです」

 夢は、願っただけでは叶わない。願い、実行した人が自らの力で叶えていくものだ。「宇宙開発の分野で成功しているのは、一人で勝手に、自腹で、備えていた人たちです」

 彼らの努力を、植松さんは「闇夜の素振り」と名付けた。「野球部のレギュラーになる夢を叶えようと思ったら、学校の練習だけじゃ足りないでしょう。家に帰ってから夜の闇の中で、一人で素振りをし続けなきゃいけないんですよ。誰かにやれって言われてからやったのでは間に合わない。自分がすべきだと思ったことをいかに早く始めるか・・・準備した時間が長い人間が、勝つんです」

 そして「闇夜の素振り」をする上で最も大事なことは「儲かるかな、と考えないこと」と続けた。

「そう考え始めると、誰かのニーズに合わせることになって、結局見たことのあるもの、二番煎じのものを作ることになっちゃうんですよ。そういえば、政府の事業仕分けのとき『なぜ二番じゃだめなのか』というような話が出ていましたけど、僕が答えるとしたら『二番は、お金で買えるから』です。お金を出せば買えるものの研究をしても意味がない。さっさと一番のものを買って、その技術を使って何か別のことをやったほうがいい。一番になるには、自らが何かを生み出すしか方法がない。だから一番を目指す研究開発には資金を投入すべきだと、僕は思います」

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら
新生・ブルーバックス誕生!