経済の死角

原発事故直後、「患者を捨てて逃げた」と報じられた院長たち。誤報道はなぜ起きたのか 双葉病院(福島・大熊町)の奮闘を
「逃亡犯」に変えた新聞・テレビ

2012年03月23日(金) フライデー
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3月11日の地震直後の午後3時過ぎ。双葉病院内で水漏れが起きたため、屋外に避難した患者とスタッフら

「私が鈴木院長に初めて会ったのは、昨年の6月のことです。それまでは、私も報道の内容から、〝沈没船から逃げた船長〟のような印象を持っていました。ただ、直接話をしてみて、これは何かおかしい、報道されている内容と真相は違うのではないか、と取材を始めたのです」

 こう語るのは、この度「なぜ院長は『逃亡犯』にされたのか」(講談社)を上梓した、ノンフィクション作家・森功氏だ。

 昨年の双葉病院をめぐる、医療関係者の〝逃亡報道〟を覚えているだろうか。原発事故下において、患者を置き去りにして医師やスタッフたちが逃亡した、〝悪徳病院〟として大バッシングを受けた事件である。だが、新聞・テレビが報じた内容と、事実は大きく異なっていたのだ。

 なぜ鈴木市郎院長(77)をはじめとする双葉病院の医師・スタッフたちは「逃亡犯」とされてしまったのか---。

地震によって書類や棚が散乱した院内。病院と福島第一原発とは、水素爆発の振動が足に伝わるほどの近さ

 3月11日、東日本大震災と、地震によって引き起こされた大津波が福島第一原発を襲った。12日に原発から半径10km圏内の避難が指示されると、自力で避難することが難しい入院患者などが、警察と自衛隊によって続々と救出されていった。12日のうちにほとんどの医療機関から救出が完了する中、なんと救援部隊に見放された医療機関があった。それが、大熊町にあった双葉病院と、系列の介護老人施設ドーヴィル双葉だったのだ。

 双葉病院には当時、高齢者を中心におよそ340名の患者が入院し、ドーヴィル双葉には入院治療までは必要としない98名の入所者がいた。総合医療施設である双葉病院の患者の多くは、片時も目が離せないような重症の人たちだった。特に東病棟の患者は平均年齢が80歳を超え、酸素吸入をしているICU患者など、自力で歩けるような患者は一人もいなかった。

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