牧野洋×田原総一朗 対談「ジャーナリズムに未来はあるのか」第3回 「なぜ日本の新聞記者は権力の速記者となるのか」

第2回はこちらをご覧ください。

誰も書いていないことを書くのが新聞記者

田原: 僕は首相時代に海部俊樹さんや宮沢喜一さん、橋本龍太郎さんを批判して失脚させたんだけれど、橋本さんを失脚させたときに、困ったわけですよ。こんなことをして何になるんだろう、と。

 権力というのは、こちらが批判すればするほどアイディアが出てくるものだと思っていたんですが、出てこないで失脚してしまうんです。たとえば今の野田内閣なんて、何もアイディアがないですね。ノーアイディア。アメリカでは、そういう場合でも野田内閣をコテンパンに叩くのかな? たとえば、オバマの支持率がどんどん落ちているけれど、やっぱりオバマも叩くんですか?

牧野: 私が読んでいる限りでは、かつての社会党のように批判すればよしとするような紙面ではないですね。

田原: たとえば、オバマを叩いているのはハッキリしていて、共和党のティーパーティー(ボストン茶会事件にちなむ保守派によるポピュリスト運動)みたいに右のほうの連中が叩いているわけでしょう。そういう場合、新聞はどういう立場に立つんですか? オバマのやっていることは良くない、失業も減らない、ということで批判するんですか。

牧野: アメリカの新聞全体の論調を一概にどうこうというふうには言いにくい面はありますね。けっこう紙面は違うので、日本の新聞と比べるとバラエティがあります。一面トップに持ってくるニュースは各紙違います。大事件があれば別ですが、同じオバマ関連ニュースを一面トップに持ってきても、切り口が全然違いますね。

 取材する方法が違うからだと思うんです。たとえばオバマのやり方について共和党がどう見ているかという視点で書く記者がいる一方で、オバマが再選に向けてどういう戦略を打ち出すかという視点で書く記者もいます。ワシントンのプレスクラブでの発表をたれ流すだけのような報道では、新聞記事にならないからだと思います。

田原: それは大きな違いですね。つまり、日本では記者クラブが発表報道中心で、ほとんどの新聞の一面の記事は発表報道で埋まっているわけですが、アメリカではそうじゃない。

牧野: ワシントンのプレスクラブで発表されたことが通信社電のようにそのまま各紙一面トップになることはまずないですね。ワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズもウォールストリート・ジャーナルも、それぞれ独自の分析や解説を入れた長い記事を載せ、違うトーンになります。

田原: 記者クラブというのは、アメリカではどういう役割なんですか?

牧野: そもそも日本的な意味での記者クラブはないです。ワシントンのプレスクラブというのは、日本の記者クラブとは仕組みが違うんです。どこが具体的に違うかというのは、一言では説明しにくいんですが・・・。

田原: 上杉隆がよく「官報複合体」という言葉を使うんだけど、彼は日本の記者クラブはまさに官報複合体であって、政府や企業の言うことをそのまま書いている、こんな記者クラブはダメだ、ということで自由報道協会を作ったということなんですが、アメリカはそういうのとは違うんですね。

牧野: ワシントンのプレスクラブについて、これがアメリカのマスコミをダメにしている、という見方はされていないですね。誰も問題だとは思っていません。それが発表報道の拠点としてアメリカの報道を歪めているという構造になっていないから、元々問題視されていないんです。

田原: そうすると、アメリカの新聞記者は経済や政治についてどうやって取材するんですか?

牧野: 街中に出て取材するんです。ワシントンのプレスクラブは記者会見をするところですが、記者会見というのは本来の取材ではないですね。数ある取材ルートのなかの一つにすぎません。記者会見といった公式ルート以外の取材こそ重要なんです。

田原: 牧野さんも似たようなことを思っていらっしゃると思うんだけど、日本の新聞記者はまったく違う。記者会見が日本の新聞の中心ですから。しかし、アメリカはそうじゃない、と。そうすると、たとえばアメリカではこれから財務省を取材するというときに、どういうふうに取材するんですか?

牧野: アメリカの新聞でもピンからキリまであります。ベストプラクティス的な例を挙げてみます。

 私は90年代半ばにチューリッヒに駐在していたのでダボス会議(スイスのダボスで開催される世界経済フォーラムの年次総会)をカバーしていて、そこでぶら下がり取材をしていました。1994年度のダボス会議では、PLOのアラファト議長とイスラエルのペレス外相がガザ、エリコ両地区に関する協定に合意したんですが、そのときにアラファトがホテルから雪道を歩いてくるとたくさんの記者が周りを取り囲んでごった返していました。ぶら下がり取材です。私もその輪のなかに入っていました。

 アラファトが何かおもしろいことを言うと、みんな電話口に駆けていって受話器にかじり付き「こんなふうに言っています」と報告するし、報道センターに行くとみんな一心不乱に発表処理しているんです。ブリーフィングやら記者会見やらパネルディスカッションやら、山ほどやることがあります。ロシアの首相が出てきたら「ああ行かなくちゃ」というふうに。

 チューリッヒには新聞社勤めの経済記者がもう一人いました。私は日経のチューリッヒ支局長だったんですが、フィナンシャル・タイムズではイアン・ロジャーがチューリヒ支局長でした。彼はその前は東京支局長だったので、東京時代から知っていたのですが、ダボス会議中は彼の姿を一度も見かけませんでした。記者発表とかぶら下がり取材とかを完全無視して、独自取材していたのです。

 自分の興味の赴くところを取材して、「これこそ誰も報道していないこと」と思う分野に力を入れるわけです。イアンは「共通ネタは通信社に任せればいい。新聞記者に求められているのは共通ネタじゃない。誰も書かないことを発掘して書くのが新聞記者の仕事。私は通信社の記者じゃない」ということを言っていました。

 チューリヒ支局時代、私はスイス・バーゼルにあるBIS(国際決済銀行)の本部で毎月開かれる中央銀行総裁会議も取材し、そこでもぶら下がり取材をやっていました。アラン・グリーンスパンFRB議長なんかが来ると、みんな目の色を変えて飛びつくんですよ。でも、そこでぶら下がり取材をしていた新聞記者は基本的に私一人だけ。欧米の記者はすべて通信社の記者でした。ダボス会議でアラファトのぶら下がりをやっていたのも通信社の記者ばかりで、新聞記者の私は例外でした。

 ダボス会議中のあるとき突然、ニューヨーク・タイムズの国際版インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙の一面にでかでかとダボス発の記事が出ました。それは記者発表とは全然関係なく、「ダボス会議の水面下でドイツ産業界が中国へ急接近」という記事でした。ニューヨーク・タイムズの記者は記者会見やぶら下がりを無視して、誰も書いていない記事を書いたのです。記者会見で重要な話が飛び出した場合は、通信社電を引用して記事のなかに入れればいいというスタンスですね。

 ところが日本では、未だに記者会見やぶら下がりで新聞記者が通信社の速報記者のように同じ共通ネタを追いかけています。この前、鉢呂前経産相の件が話題になりましたが、あそこに7人も8人も新聞記者やテレビ記者が押し寄せていました。そんなことをやっているんだったら、他にやることがあるんじゃないか、と。

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